・・・の製造場が依然として震災の後もむかしに変らず、かの恐しい建物と煙突とを聳かしているが、これとは反対の方向に歩みを運ぶと、窓のない平い倉庫の立ちつづく間に、一条の小道が曲り込んでいて、洋服に草履をはいた番人が巻煙草を吸いながら歩いている外には・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・彼は倫敦塔の番人である。絹帽を潰したような帽子を被って美術学校の生徒のような服を纏うている。太い袖の先を括って腰のところを帯でしめている。服にも模様がある。模様は蝦夷人の着る半纏についているようなすこぶる単純の直線を並べて角形に組み合わした・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・廻了というは正方形を一周することなれどもその間には第一基第二基第三基等の関門あり各関門には番人(第一基は第一基人これを守る第二第三皆あるをもって容易に通過すること能わざる也。走者ある事情のもとに通過の権利を失うを除外という。審判官除外と呼べ・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・びっくりして振りかえって見ましたらあの番人のおじいさんが心配そうに白い眉を寄せて私の肩に手を置いて立っているのです。その番人のおじいさんが云いました。「どうしてそんなに泣いて居るの。おなかでも痛いのかい。朝早くから鳥のガラスの前に来てそ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・自分で背中は見えないから、私が土耳古風呂の女番人のようにタオルを振り廻し、彼女の頸から黒い東洋の毛を払い落さなければならない。――名声ある作家と愛された女優との夫妻は、彼等のあたたかい、誠実な才能に溢れた手紙の中で、劇について、芸術の本質に・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・男は、峻しい冷静なその台の番人で、香水と称す瓶のなかみは、可愛い好い香など決して仕ない色つけ水でありそうな気がする。万一、香水に心は引かれても、後に立ってこちらを見ている男の風貌を眺めると、思わず手を引こめそうでさえある。 彼のすぐ隣に・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ 家中の、凡そ口と云う口には皆、異様な番人が長くなったり尖ったりして置いてあったのである。 私はこれなら大丈夫だと思った。 とにかく、今夜だけは大丈夫に違いないと安心した。まして、朝来た巡査は、今夜は御宅の周囲を注意して置きます・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・ ○妾になる女は、丁度見世物の番人のような顔をして、爺さんをとりあつかって居る。 切角いらっしゃったのだから記念に何かお一つ御書きなすってと云う。おかかせなさってと云うことなのである。 無心で、猫の頭を撫でて居る老人に、かか・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
・・・都会の奥様は、日髪、日化粧で、長火鉢の前で鉄瓶の湯気の番人をして居ればすむ様に思って居る。 東京――都会の生活を非常に理想的に考えて居る事、都会に出れば、道傍の石をつかむ様に成功の出来るもの、世話の仕手が四方八方にある様に思う事、食うに・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・この百姓はブルトンの作男でイモーヴィルの市場の番人である。 この男の語るところによれば、かれはそれを途上で拾ったが、読むことができないのでこれを家に持ち帰りその主人に渡したものである。 このうわさがたちまち近隣に広まった。アウシュコ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫