・・・ と、若い当番兵が答えた。「今、司令部から電話掛って来て、あわてて駈けつけて行きやがった。赤鬼みたいに酔っぱらっとったが、出て行く時は青鬼みたいに青うなっとったぜ。どうやら、日本は降伏するらしい。明日の正午に、重大放送があるというこ・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・伊吹山はあたかもこの関所の番兵のようにそびえているわけである。大垣米原間の鉄道線路は、この顕著な「地殻の割れ目」を縫うて敷かれてある。 山の南側は、太古の大地変の痕跡を示して、山骨を露出し、急峻な姿をしているのであるが、大垣から見れば、・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・町も辻も落ち葉が散り敷いて、古い煉瓦の壁には血の色をした蔓がからみ、あたたかい日光は宮城の番兵の兜に光っておりました。 私はもう十日ばかりでベルリンを引き上げ、ゲッチンゲンへ参ります。 ゲッチンゲンから 去年・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・それを左へ曲るとウンテルデンリンデンですぐ右側の角がツォイクハウス、次が番兵屯所、その次が大学である。物々しい番兵の交代はベルリン名物の一つであったが、実際いかにも帝政下のドイツのシンボルのように花やかでしかもしゃちこばった感じのする日々行・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・鉄の格子がはまっているようだ。番兵が石像のごとく突立ちながら腹の中で情婦とふざけている傍らに、余は眉を攅め手をかざしてこの高窓を見上げて佇ずむ。格子を洩れて古代の色硝子に微かなる日影がさし込んできらきらと反射する。やがて煙のごとき幕が開いて・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・何でも人夫どもに水を飲ませるのが悪いというので、水瓶の処へ番兵を立てる事になった。自分は足がガクガクするように感ぜられて、室に帰って寐ると、やがて足は氷の如く冷えてしもうた。これは先刻風呂に這入った反動が来たのであるけれど、時機が時機である・・・ 正岡子規 「病」
・・・「うん年老りの番兵だ。ううはははは。」「ふふふ青白の番兵だ。」「ううははは、青じろ番兵だ。」「こんどおれ行って見べが。」「行ってみろ、大丈夫だ。」「喰っつがないが。」「うんにゃ、大丈夫だ。」 そこでまた一疋が・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・向うの隅の小さな戸口から、ばけものの番兵に引っぱられて出て来たのはせいの高い眼の鋭い灰色のやつで、片手にほうきを持って居りました。一人の検事が声高く書類を読み上げました。「ザシキワラシ。二十二歳。アツレキ三十一年二月七日、表、日本岩手県・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・掠奪する中国人を捕え、品物を出させ、それをステーションの貨物倉庫へ番兵つきで保管した。追い追い村へ戻って来た中国村民がそれを見て、びっくりした。そればかりではなかった。村道は清潔に整理されている。屋根に赤旗の翻る一軒の民家には村ソヴェトが組・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 中央電信局の建築場では、労働者と荷橇馬が出切った木戸を、つけ剣の銃を手にもった若い番兵がしめて居る。彼の頭の上につられて居る強力な電燈が凍った雪の上に、垂直に彼の影を、きたない、大きな皮外套の裾の下に落した。 ○夜八時・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
出典:青空文庫