・・・ 顔の筋肉の痙攣につれて無意識にしたたり落ちる涙にあたりはかすんで耳は早鐘の様になり、四辺が真暗になる様な気がして誰に一言も云わずに部屋の隅の布団のつみかさなりに身をなげかけた。 女達は私の左右に立って「どうぞ、一言呼んで差しあげて・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 文学について、じっくりと生活に根ざし、痙攣的でない感覚と通念とがどんなに必要となっているかは、私たち皆の胆に銘じて来ていることだし、今日文学を読む千万人が感じている国民的真実の一つであると思う。〔一九四一年六月〕・・・ 宮本百合子 「実感への求め」
・・・ このヨーロッパの資本主義の国々が未来の安全を計るためにとった手段の誤りから国際的痙攣に陥っているすきに乗じて、日本のファシストたちはアジアにおけるファシズムの勝利、資源と市場の独占者になろうとした。われわれの家庭から前線におくられて死・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・ あの展覧会にあった赤松俊子さんの二つの大きな絵は、その努力と、新しいものと古いものとの歴史的な一種の錯覚の痙攣がみられました。新しくなることのために、どれほど、平凡で分りきったような現実追求がされなければならないかということを飛躍して・・・ 宮本百合子 「第一回日本アンデパンダン展批評」
・・・ 破れた、穢い穢い上衣の肩の上に垂れて、激しく痙攣していたあの青い顔、深い溜息。 彼女は、記憶の中のその人に向って、「泣くのはおやめなさい。しっかりおしなさい。一緒にどうにかして行きましょう!」と呼びかけずにはいられなかった・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・p.232○生活力の総額の数秒時における痙攣 p.241○彼の作品における 時間と空間との克服の能力は、認識の及ばないところである p.241○つねにわき返っている肉と脳髄である。p.243○彼の作品の冗漫性にある意味――事・・・ 宮本百合子 「ツワイク「三人の巨匠」」
・・・ 横に三畳の畳を隔てて、花房が敷居に踏み掛けた足の撞突が、波動を病人の体に及ぼして、微細な刺戟が猛烈な全身の痙攣を誘い起したのである。 家族が皆じっとして据わっていて、起って客を迎えなかったのは、百姓の礼儀を知らない為めばかりではな・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ルイザはナポレオンの腕から戦慄を噛み殺した力強い痙攣を感じながら、二つの鐶のひきち切れた緞帳の方へ近寄った。そこには常に良人の脱さなかった胴巻が蹴られたように垂れ落ちて縮んでいた。絹の敷布は寝台の上から掻き落されて開いた緞帳の口から湿った枕・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・「昨晩私のそばにいた貴婦人がひとり急に痙攣ちゃって、大騒ぎでしたの。そのかたも喜劇を演りにペテルスブルグへいらっしゃるんですって。デュウゼとかって名前でしたよ。ご存じでいらっしゃいますか。」そういってその娘の指さす方を見ると、うなだれた暗い・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・――またたとえば一人の青年が二人の老人を前に置いて、眼を光らせ、口のあたりの筋肉を痙攣させながら怒号する。老人はおどおどしている。青年は自分の声のききめを測量しながら、怒りの表情の抑揚のつけ方をちょっと思案してみる。――これも自然である。声・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫