・・・その夕日の中を、今しがた白丁が五六人、騒々しく笑い興じながら、通りすぎたが、影はまだ往来に残っている。……「じゃそれでいよいよけりがついたと云う訳だね。」「所が」翁は大仰に首を振って、「その知人の家に居りますと、急に往来の人通りがは・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・大きい鮟鱇が、腹の中へ、白張提灯鵜呑みにしたようにもあった。 こん畜生、こん畜生と、おら、じだんだを蹈んだもんだで、舵へついたかよ、と理右衛門爺さまがいわっしゃる。ええ、引からまって点れくさるだ、というたらな。よくねえな、一あれ、あれよ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 時に、宮奴の装した白丁の下男が一人、露店の飴屋が張りそうな、渋の大傘を畳んで肩にかついだのが、法壇の根に顕れた。――これは怪しからず、天津乙女の威厳と、場面の神聖を害って、どうやら華魁の道中じみたし、雨乞にはちと行過ぎたもののようだっ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・「あの提灯が寂しいんですわ……考えてみますと……雑で、白張のようなんですもの。」――「うぐい。」――と一面――「亭」が、まわしがきの裏にある。ところが、振向け方で、「うぐい」だけ黒く浮いて出ると、お経ではない、あの何とか、梵・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・塵埃が積る時分にゃあ掘出し気のある半可通が、時代のついてるところが有り難えなんてえんで買って行くか知れねえ、ハハハ。白丁奴軽くなったナ。「ほんとに人を馬鹿にしてるね。わたしを何だとおもっておいでのだエ、こっちは馬鹿なら馬鹿なりに気を揉ん・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・墓前花堆うして香煙空しく迷う塔婆の影、木の間もる日光をあびて骨あらわなる白張燈籠目に立つなどさま/″\哀れなりける。上野へ入れば往来の人ようやくしげく、ステッキ引きずる書生の群あれば盛装せる御嬢様坊ちゃん方をはじめ、自転車はしらして得意気な・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・あの松の下に蘭があって、その横にサフランがあって、その後ろに石があって、その横に白丁があって、すこし置いて椿があって、その横に大きな木犀があって、その横に祠があって、祠の後ろにゴサン竹という竹があって、その竹はいつもおばアさんの杖になるので・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ けれども、祖父の墓のとなりに、墓標だけの新墓があって、墓標の左右に立っている白張提灯がやぶれ、ほそい骨をあらわしながらぽっかり口をあけていた。四角くもり上げた土の上においてある机が傾いて、その上に白い茶わんがころがっている。太い赤い鶏・・・ 宮本百合子 「道灌山」
出典:青空文庫