・・・名画を破る、監獄で断食して獄丁を困らせる、議会のベンチへ身体を縛りつけておいて、わざわざ騒々しく叫び立てる。これは意外の現象ですが、ことによると女は何をしても男の方で遠慮するから構わないという意味でやっているのかも分りません。しかしまあどう・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・そこには、監獄の高い煉瓦塀のような感じのする、倉庫が背を向けてる丈けであった。そんな所へ人の出入りがあろうなどと云うことは考えられない程、寂れ果て、頽廃し切って、見ただけで、人は黴の臭を感じさせられる位だつた。 私は通りへ出ると、口笛を・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・けれども、監獄に抛り込んである首謀者共が、深夜そうっと抜け出して来て、ブン殴っておいて、またこっそりと監房へ帰って、狸寝入りをしている、と云う考えは穿ちすぎていた。けれども、前々からそう云う計画が立てられてあっただろう、とは考えられない事で・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・そして、自分が生れると直ぐの年から、母親の背に縛りつけられて、毎年、警察や、裁判所や、監獄の門を潜ったことを思い出した。「父ちゃん、いやだよ。行っちゃいやだよう」 泣き声と一緒に、訴えるような声で叫んで、その小さな手は、吉田の頸に喰・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・婦人の外出に付き家事の都合を夫に相談するは当然なれども、婦人の身にも戸外の用事あり、其用事に差掛りても夫の許を得ざれば外出は叶わずと云うか、一家の主婦は監獄の囚人に異ならず。又私に人に饋ものす可らずと言う。家事を司どる婦人には自から財産使用・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・お父さんが監獄へ入るようなそんな悪いことをした筈がないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈した巨きな蟹の甲らだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・悪いやつだ。監獄に連れて行くからそう思え。」 するとそのいやなものは泣き出しました。「巡査さん。それはひどいよ。僕はいくらお金を貰ったって自分で一銭もとりはしないんだ。みんな親方がしまってしまうんだよ。許してお呉れ。許してお呉れ。」・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・一人一人から名前を取って番号形にしてしまうと同じで、兵隊でも監獄でも個性を示す銘々の着物は決して着せない。女学校でさえ制服のスカートの長さを、長いとか短いとか、喧しくいった。男はすべていがぐり、女のパーマネントは打倒。そして私たちは戦争に追・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ それは、アメリカの映画で、女が無実の罪で監獄に入れられ、愛する男と金網越しに会わされる。ぴったりと女が自分の掌を金網にあて、男も自分の手のひらをそこへ合わせ、互いに求める心とあたたかみとをつたえ合おうとする情景であった。私には見ていら・・・ 宮本百合子 「映画」
・・・ 敷島の烟を吹いていた犬塚が、「そうさ、死にたがっているそうだから、監獄で旨い物を食わせて、長生をさせて遣るが好かろう」と云って笑った。そして木村の方へ向いて、「これまで死刑になった奴は、献身者だというので、ひどく崇められているというじ・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫