・・・ 三人とも愉快に談じ酒も相当に利いて十一時に及ぶと、朝田、神崎は自室に引上げた、大友は頭を冷す積りで外に出た。月は中天に昇っている。恰度前年お正と共に散歩した晩と同じである。然し前年の場所へ行くは却って思出の種と避けて渓の上へのぼりなが・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・古いが、もとは相当にものが良かったらしい外套の下から、白く洗い晒された彼女のスカートがちらちら見えていた。「お前は、人をよせつけないから、ザンパンが有ったってやらないよ。」「あら、そう。」 彼女は響きのいい、すき通るような声を出・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・この人も相当に釣に苦労していますね、切れる処を決めて置きたいからそういうことをするので、岡釣じゃなおのことです、何処でも構わないでぶっ込むのですから、ぶち込んだ処にかかりがあれば引かかってしまう。そこで竿をいたわって、しかも早く埒の明くよう・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・山崎のお母さんというのは相当教育のある人で、息子たちのしている事を、気持からばかりでなしに、ちアんとした筋道を通しても知っていた。「息子が正しい理窟から死んでも自分の仕事をやめないと分ったら、親がその仕事の邪魔をするのが間違で――どうしても・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・まず、最初の段階は、微積分学の発見時代に相当する。それからがギリシャ伝来の数学に対する広い意味の近代的数学であります。こうして新しい領分が開けたわけですから、その開けた直後は高まるというよりも寧ろ広まる時代、拡張の時代です。それが十八世紀の・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・なんだか面倒になりそうだから、おれは十五に相当する金をやった。部屋に這入って見ると、机の上に鹿の角や花束が載っていて、その傍に脱して置いて出た古襟があった。窓を開けて、襟を外へ投げた。それから着物を脱いで横になった。しかし今一つ例の七ルウブ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・彼自身の言葉によるとこの職務にも相当な興味をもって働いていたようである。 一九〇五年になって彼は永い間の研究の結果を発表し始めた。頭の中にいっぱいにたまっていたものが大河の堤を決したような勢いで溢れ出した。『物理年鑑』に出した論文だけで・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・もちろん年齢にも相当の距離があったとおりに、感情も兄というよりか父といった方が適切なほど、私はこの兄にとって我儘な一箇の驕慢児であることを許されていた。そして母の生家を継ぐのが適当と認められていた私は、どうかすると、兄の後を継ぐべき運命をも・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 再びいう日本の十年間は西洋の一世紀にも相当する。三十間堀の河岸通には昔の船宿が二、三軒残っている。自分はそれらの家の広い店先の障子を見ると、母がまだ娘であった時分この辺から猿若町の芝居見物に行くには、猪牙船に重詰の食事まで用意して・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・瞽女でも相当の年頃になれば人に誉められたいのが山々で見えぬ目に口紅もさせば白粉も塗る。お石は其時世を越えて散々な目に逢って来たのである。幾度か相逢ううちにお石も太十の情に絆された。そうでなくとも稀に逢えば誰でも慇懃な語を交換する。お石に逢う・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫