・・・それからまた坐ったまま、電燈の眩しい光の中に、茫然とあたりを眺め廻した。母が父を呼びによこすのは、用があるなしに関らず、実はただ父に床の側へ来ていて貰いたいせいかも知れない。――そんな事もふと思われるのだった。 すると字を書いた罫紙が一・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・こう云う幸福な周囲を見れば、どんなに気味の悪い幻も、――いや、しかし怪しい何物かは、眩しい電燈の光にも恐れず、寸刻もたゆまない凝視の眼を房子の顔に注いでいる。彼女は両手に顔を隠すが早いか、無我夢中に叫ぼうとした。が、なぜか声が立たない。その・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・ 昏んだ目は、昼遊びにさえ、その燈に眩しいので。 手足の指を我と折って、頭髪を掴んで身悶えしても、婦は寝るのに蝋燭を消しません。度かさなるに従って、数を増し、燈を殖して、部屋中、三十九本まで、一度に、神々の名を輝かして、そして、黒髪・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・今なら女優というような眩しい粉黛を凝らした島田夫人の美装は行人の眼を集中し、番町女王としての艶名は隠れなかった。良人沼南と同伴でない時はイツデモ小間使をお伴につれていたが、その頃流行した前髪を切って前額に垂らした束髪で、嬌態を作って桃色の小・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・が、それほど深く愛誦反覆したのも明治二十一、二年頃を最後としてそれから以後は全く一行をだも読まないで、何十年振りでまた読み返すとちょうど出稼人が都会の目眩しい町から静かな田舎の村へ帰ったような気がする。近代の忙だしい騒音や行き塞った苦悶を描・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ 三 私は目下京都にいて、この原稿を書いているが、焼けた大阪にくらべて、焼けなかった京都の美しさは悲しいばかりに眩しいような気がしてならない。 京都はただでさえ美しい都であった。が、焼けなかった唯一の都会だと思え・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ その頃はもう事変が戦争になりかけていたので、電力節約のためであろうネオンの灯もなく眩しい光も表通りから消えてしまっていたが、華かさはなお残っており、自然その夜も――詳しくいえば昭和十五年七月九日の夜(といまなお記憶しているのは、その日・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ ちらと眼をやると、娘は掛蒲団の中へ顔を埋めている。眩しいのだろうか。「灯り消そうか」 小沢が声を掛けると、娘は半分顔を出して、「ええ」 天井を見つめたまま、うなずいた。 小沢は立って行って、壁についているスイッチを・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ いずこともなくニンフとパンの群が出て来る。眩しいような真昼の光の下に相角逐し、駈けり狂うて汀をめぐる。汀の草が踏みしだかれて時々水のしぶきが立つ。やがて狂い疲れて樹蔭や草原に眠ってしまう。草原に花をたずねて迷う蜂の唸りが聞える。 ・・・ 寺田寅彦 「ある幻想曲の序」
・・・そうして球技場の眩しい日照の下に、人知れず悩む思いを秘めた白衣のヒロインの姿が描出されるのである。 つまらない事ではあるが、拘留された俘虜達が脱走を企てて地下に隧道を掘っている場面がある、あの掘り出した多量な土を人目にふれずに一体どこへ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
出典:青空文庫