・・・ と落付かぬ眼差しを動かしているのである。けれども、このはっきりした基準のない行動への衝動欲求は、非常に多くの危険と文学の崩壊の要素をふくんでいると思われる。 行動が、歴史の積極面と結合して階級移行の方向になされ、質的変化を可能とする見・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・若々しい知識欲が何か求めて本気で本を見る眼差しは、ただ商品を視線で撫でてすぎるのとはちがう、おのずからなはた目の快さをも誘うのが自然だと思う。 本がどっさりあることは、不幸ではない。けれども、現代は本の数はあるが、本のなかみへの愛や探求・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・て、毛脛をあぐらかいて、骨ごつな指を、ギゴチなく一イ、フウ、三イ、とたどらせて行く父親をかこむ子供達が、その強張った指と、時々思い出した様に、ジーブッ、ブーブーと響く音とから、大奇籍(でも現れ出そうな眼差しで、二つならべた膝に両手を突張って・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ ひそかに心のうちではにかみ笑いをしながら、彼女は今度もまた謝絶している禰宜様宮田を珍らしく穏やかな眼差しで眺めていた。 彼は相変らずのろい、丁寧な言葉で断わると、うるさいものと諦めていた番頭は思いがけず、じきに納得して帰ってくれた。・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・が、どうぞ、私が窮極に於て何を目指して居るのか、何の為に毎日、此命を保って居るのか、それ丈は、判って貰いたい。母と自分との関係など、難しい、辛いものは少なかろう。 彼女は、彼女自身の悦び希望を以て、私を、小さい時から、芸術的傾向に進ませ・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・睨むような眼差しをするうちにも尚子は笑いを抑えられない風である。飲みすぎか、怠けぐらいのところらしい幸治がにやにやしながら、「貧乏ひまなしでやっていますとたまには、病気もなかなかいいところがあるですよ」 エアシップの灰をおとしながら・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・鴎外は、女がさまざまの社会の波瀾に処し、苦しみ涙をおとしながらなおどこにか凜然とした眼差しを持って立って、周囲を眺めやっている姿に、ロマンティックな美を見出している。静的ではあるが、人生を何か内部的な緊張をもった光でつらぬこうとする姿が描か・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・すると、乞食は焦点の三に分った眼差しで秋三を斜めに見上げながら、「俺は安次や。心臓をやられてさ。うん、ひどい目にあった。」と彼から云った。 秋三は自分の子供時代に見た村相撲の場景を真先に思い浮かべた。それは、負けても賞金の貰える勝負・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫