・・・「それ御覧遊ばせ、やっぱり虫が知らせるので御座います」「婆さん虫が知らせるなんて事が本当にあるものかな、御前そんな経験をした事があるのかい」「あるだんじゃ御座いません。昔しから人が烏鳴きが悪いとか何とか善く申すじゃ御座いませんか・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 西宮はまた今夜にも来て様子を知らせるからと、吉里へ言葉を残して耳門を出た。「おい、気をつけてもらおうよ。御祝儀を戴いてるんだぜ。さようなら、御機嫌よろしゅう。どうかまたお近い内に」 車声は走り初めた。耳門はがらがらと閉められた・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・しかしわたくしだけが知っている事を、イソダンの人達に皆知らせるのが厭になって、わたくしは羞恥の心から思い留まりました。夫は取引の旅行中にその女どもに逢っていますので、イソダンでは誰も知らずにいるのでございます。 そこでわたくしはどういた・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ みんながまたあるきはじめたときわき水は何かを知らせるようにぐうっと鳴り、そこらの木もなんだかざあっと鳴ったようでした。 五人は林のすその藪の間を行ったり岩かけの小さくくずれる所を何べんも通ったりして、もう上の野原の入り口に近くなり・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・間もなく台所の方からお膳できたと知らせる。小十郎は半分辞退するけれども結局台所のとこへ引っぱられてってまた叮寧な挨拶をしている。 間もなく塩引の鮭の刺身やいかの切り込みなどと酒が一本黒い小さな膳にのって来る。 小十郎はちゃんとかしこ・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・いる日本の人々に、シーモノフが工場の文学サークルから文学的誕生をしてのびて来るそれ以前の時期において、ソヴェト社会は、その勤労人民の日常生活にどんな文化、文学の開花の可能性を準備していたかという実際を知らせる役に立つ。一九二九年に、ソヴェト・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・コフマンがその成果に立って示している数字が私たちの記憶の基礎にあって初めて、昔の人の示した数字にある面白い誤りも生々と私たちに今日までの研究の意義を知らせるだろう。宇宙への認識は現代次第次第に拡大されますますリアルなものとなって来ている。「・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・よく世間では急な永訣のとき、虫が知らせるとか、或る徴候があるとかいうが、父と私との場合、ちっともそんなことはなかった。それはまことに愉快です。そんなこみ入った心霊的技巧がいらないほど、生命が終る途端まで互の結びつきは充実していて、云わば死ん・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・告げ知らせた。告げ知らせると平太の顔はたちまちに色が変わッた。「さらばあのくさりかたびらの……」 言いかけたがはッと思ッて言葉を止めた。けれどこなたは聞き咎めた。「和主はそもいかにして忍藻の帷子を……」「帷子とは何でおじゃる・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・でお霜が出掛けてゆくことには、余り親子争いをしたくなかった彼は、外見、自分も母親同様の考えだと云うことを、ただ彼女だけに知らせるために黙っていた。が、安次を連れて行くことには反対した。けれども、自分のその気持を秋三に知らさない限り、自分の骨・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫