・・・浚渫船のデッキには、石油缶の七輪から石炭の煙が、いきなり風に吹き飛ばされて、下の方の穴からペロペロ、赤い焔が舌なめずりをして、飯の炊かれるのを待っていた。 団扇のような胴船が、浚渫船の横っ腹へ、眠りこけていた。 私は両手で顎をつっか・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ もっとも、とのさまがえるのウィスキーは、石油缶に一ぱいありましたから、粟つぶをくりぬいたコップで一万べんはかっても、一分もへりはしませんでした。「おいもう一杯おくれ。」「も一杯お呉れったらよう。早くよう。」「さあ、早くお呉・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐がすっかり煤けたよ。」「そうかねえ。」「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」「早いからねえ。」「ザウエルという犬がいるよ。しっ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・見ると沼ばたけには水がいっぱいで、オリザの株は葉をやっと出しているだけ、上にはぎらぎら石油が浮かんでいるのでした。主人が言いました。「いまおれ、この病気を蒸し殺してみるところだ。」「石油で病気の種が死ぬんですか。」とブドリがききます・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・また並木のやなぎにいちいち石油ランプがぶらさがっていたのです。私は一軒の床屋に入りました。それは仲々大きな床屋でした。向側の鏡が、九枚も上手に継いであって、店が丁度二倍の広さに見えるようになって居り、糸杉やこめ栂の植木鉢がぞろっとならび、親・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・物置はそのために隅々までしらべられ、もう十七年も前、駒沢の家から外国旅行に出るとき、遑しい引越し荷物の一部として石油の空かんにつめられた古雑誌も出て来た。どの雑誌も厚くて、いい紙がつかわれていて、昭和二年頃のものである。 ・・・ 宮本百合子 「折たく柴」
・・・ 地殻の物語は、そこに在る火山、地震、地球の地殻に埋蔵されてある太古の動植物の遺物、その変質したものとしての石炭、石油その他が人間生活にもたらす深刻な影響とともに、近代社会にとって豊富なテーマを含蓄している。岩波書店から出ている「防災科・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・毎日五時になって、お八つがすむと、スクロドフスキー家の食堂の大テーブルの上には石油の釣燭台に灯がついて、さて、子供達の勉強がはじまります。キュリー夫人の伝をかいたエーヴは、彼女の尊敬すべき母の子供時代にあってその勉強時間の有様を次のように描・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・帝政ロシアの権力が武力で、絹、皮革の産地チフリース、石油のバクー市を掌握するための近路として拵えたものなのだ。 近東の少数民族の大衆は、灼けつく太陽の熱や半年もつづく長い冬の中で原始的な手工業、地方病と、封建的地主、親方の二重の搾取の下・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・どちらを向いても、高い山山ばかりに囲まれた盆地の山ひだの間から、蛙の声の立ちまよっている村里で、石油の釣りランプがどこの家の中にも一つずつ下っていた。牛がまた人と一つの家の中に棲んでいた。 私がランプの下の生活をしたのは、このときから三・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫