・・・納屋の中にはストオヴが一つ、西洋風の机が一つ、それから頭や腕のない石膏の女人像が一つあった。殊にその女人像は一面に埃におおわれたまま、ストオヴの前に横になっていた。「するとその肺病患者は慰みに彫刻でもやっていたのかね。」「これもやっ・・・ 芥川竜之介 「悠々荘」
・・・(といいながら、壁にかけられた石膏こいつに絵の具を塗っておまえの選んだ男の代わりに入れればいいんだよ。たとえば俺がおまえに選ばれたとするね。ほんとうにそうありたいことだが。すると俺は俺の弟となっておまえと夫婦になるんだ。そうしてこいつが俺の・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・そして彼らの二人ともが、土に帰る前の一年間を横たわっていた、白い土の石膏の床からおろされたのである。 ――どうして医者は「今の一年は後の十年だ」なんて言うのだろう。 堯はそう言われたとき自分の裡に起こった何故か跋の悪いような感情を想・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・あの人はベタニヤのシモンの家で食事をなさっていたとき、あの村のマルタ奴の妹のマリヤが、ナルドの香油を一ぱい満たして在る石膏の壺をかかえて饗宴の室にこっそり這入って来て、だしぬけに、その油をあの人の頭にざぶと注いで御足まで濡らしてしまって、そ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・床の間には、もう北斗七星の掛軸がなくなっていて、高さが一尺くらいの石膏の胸像がひとつ置かれてあった。胸像のかたわらには、鶏頭の花が咲いていた。少女は耳の附け根まであかくなった顔を錆びた銀盆で半分かくし、瞳の茶色なおおきい眼を更におおきくして・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・とか言っていたが、それは、おまえの、もはや石膏のギブスみたいに固定している馬鹿なポーズのせいなのだ。 も少し弱くなれ。文学者ならば弱くなれ。柔軟になれ。おまえの流儀以外のものを、いや、その苦しさを解るように努力せよ。どうしても、解らぬな・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・マドンナのすぐわきにジャンダークの石膏像がある。この像の仕上げのために喜捨を募るという張り札がしてある。回廊の引っ込んだ所には、僧侶が懺悔をきく所がいくつもある。一昨年始めてイタリアのお寺でこの懺悔をしているところを見ていやな感じがしてから・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・水色の壁に立てけけた真白な石膏細工の上にパレットが懸って布細工の橄欖の葉が挿してある。隅の方で小僧が二人掛け合いで真似事の英語を饒舌っている。竹村君は前屈みになって硝子箱の中に並べたまじょりか皿をあれかこれかと物色しているが、頭の上の瓦斯の・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・の石膏製の像と「アルバム」をやろうと云うからありがとうといって貰った。それから「シェクスピヤ」の墓碑の石摺の写真を見せて、こりゃ何だい君、英語の漢語だね、僕には読めないといった。やがて先生は会社へ出て行った。これから吾輩は例の通り「スタンダ・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・彼の鼻は石膏細工の鼻のように硬化したようだった。 彼が仕舞時分に、ヘトヘトになった手で移した、セメントの樽から小さな木の箱が出た。「何だろう?」と彼はちょっと不審に思ったが、そんなものに構って居られなかった。彼はシャヴルで、セメン桝・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
出典:青空文庫