・・・こうやって演壇に立って、フロックコートも着ず、妙な神戸辺の商館の手代が着るような背広などを着てひょこひょこしていては安っぽくていけない。ウンあんな奴かという気が起るにきまっている。が駕籠の時代ならそうまで器量を下げずにすんだかも知れない。交・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・日本の現代がそう云う社会なら致し方もないが、西洋の社会がかく腐敗して文芸の理想が真の一方に傾いたものとすれば、前後の考えもなく、すぐそれを担いで、神戸や横浜から輸入するのはずいぶん気の早い話であります。外国からペストの種を輸入して喜ぶ国民は・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・「仙台。神戸にはいつごろ着くんでしょう」「神戸に。それは、新橋の汽車でなくッちゃア。まるで方角違いだ」「そう。そうだ新橋だッたんだよ」と、吉里はうつむいて、「今晩の新橋の夜汽車だッたッけ」 吉里は次の間の長火鉢の傍に坐ッて、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・兵庫の隣に神戸あれば、伊勢の旧城下に神戸あり。俗世界の習慣はとても雅学先生の意に適すべからず。貧民は俗世界の子なり。まず、骨なしの草書を覚えて廃学すればそれきりとあきらめ、都合よければ後に楷書の骨法をも学び、文字も俗字を先きにして雅言を後に・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・この時は神戸の景色であった。どうも落ちつかぬ。横浜のイギリス埠頭場へ持って来て、洋行を送る処にして見た。やはり落ちつかぬ。月夜の沖遠く外国船がかかって居る景色をちょっと考えたが、また桟橋にもどった。桟橋の句が落ちつかぬのは余り淡泊過ぎるのだ・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・ 明治廿八年の五月の末から余は神戸病院に入院して居った。この時虚子が来てくれてその後碧梧桐も来てくれて看護の手は充分に届いたのであるが、余は非常な衰弱で一杯の牛乳も一杯のソップも飲む事が出来なんだ。そこで医者の許しを得て、少しばかりのい・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・「お千代ちゃんどこへ行ったの」「神戸のおばさんのところへ行ったんですよ」「いつ帰るの?」「もう半月ばかりで帰りますよ」「神戸のどこなの?」「……ああ、由子さん、そのコスモスお持ちなさい、今剪ってあげましょうね」 ・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・仕事の結果は、何しろうんと長いものの登場ですから、ヨーロッパ旅行の途中神戸へついたようなものです。その部分としては満足です。じっと先の方を見てゆっくり歩いている、そんな風。そしてこの仕事では一晩も徹夜をしませんでした。これはどうかほめて下さ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 蠣殻町の住いは手狭で、介抱が行き届くまいと言うので、浜町添邸の神戸某方で、三右衛門を引き取るように沙汰せられた。これは山本家の遠い親戚である。妻子はそこへ附き添って往った。そのうちに原田の女房も来た。 神戸方で三右衛門は二十七・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・しかし私の乗って行く臨時汽車は神戸の先まで行く。ことに運転し始めたばかりの臨時汽車は人が知らないのでほとんど数えるほどの人数しか乗らない。恐らく皆が一晩とにかく寝通して行けるだろう。特に子供は助かる。それに反して普通の直行は臨時汽車の運転を・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫