・・・林の中の雪の叢消えの間には福寿草の茎が先ず緑をつけた。つぐみとしじゅうからとが枯枝をわたってしめやかなささ啼きを伝えはじめた。腐るべきものは木の葉といわず小屋といわず存分に腐っていた。 仁右衛門は眼路のかぎりに見える小作小屋の幾軒かを眺・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・花屋の前には梅と福寿草をあしらった植木鉢が並んでいた。そんな風俗画は、町がどこをどう帰っていいかわからなくなりはじめるにつれて、だんだん美しくなった。自分のまだ一度も踏まなかった路――そこでは米を磨いでいる女も喧嘩をしている子供も彼を立ち停・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ どっかから、お歳暮に福寿草と、雪割草の盆景をもって来た。 生れて始めて雪割草を見た。 大変可愛らしい花だ。 弟の「羽根たたき」の、のどやかな音に耳をかたむけながら雑誌の表紙を、やたらに新らしい絵は何だか私に分らないと思って・・・ 宮本百合子 「午後」
・・・ 硝子戸の外には、霜雪を凌いで福寿草の黄いろい花が咲いた。ヒアシントや貝母も花壇の土を裂いて葉を出しはじめた。書斎の内にはサフランの鉢が相変らず青々としている。 鉢の土は袂屑のような塵に掩われているが、その青々とした色を見れば、無情・・・ 森鴎外 「サフラン」
出典:青空文庫