・・・此の喜劇を読んでゆくと、秩序も構図もなく寄せ集められた「雑多な事実」に満ちている新聞にでも眼を通してゆくような印象を受ける。ここに支配しているものは偶然であり、偶然があらゆる一般的な概念に抗して戦っているのである。』これを写しながら、給仕君・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・こせこせした秩序に構わないで、住心地の好いようにしてくれる。それになかなか品位を保っている。なんの役も勤まる女である。 二人きりで寂しくばかり暮しているというわけではない。ドリスの方は折々人に顔を見せないと、人がどうしたかと思って、疑っ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ この家を訪問してから、『田舎教師』における私の計画は、やや秩序正しい形を取って来た。日記に書いてあることがすべてはっきりと私の眼に映って見えた。で、さらに行田から弥勒に行く道、かれの毎日通った路を歩いてみることにした。 私はいろい・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・それともまたこのようなものを作りあげるに必要な秩序や理法が人間の方に備わっているので、われわれはただ自己の内にある理法の鏡に映る限りにおいて自己以外と称するものを認めるのであろうか。これは六かしい問題である。そして科学者にとっても深く考えて・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
・・・学者は科学を成立さする必要上、自然界に或る秩序方則の存在を予想す。従ってある現象を定むる因子中より第一にいわゆる偶発的突発的なるものを分離して考うれども、世人はこの区別に慣れず。一例を挙ぐれば、学者は掌中の球を机上に落す時これが垂直に落下す・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・大まかに不ぞろいに刈り散らして虎斑をこしらえる者もあれば、一方から丁寧に秩序正しく、蚕が桑の葉を食って行くように着々進行して行くものもあった。ある者は根もとまでつめて刈り込まないと承知しないし、またある者はある長さの緑を残すように骨を折って・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・先生は女が髪を直す時の千姿万態をば、そのあらゆる場合を通じて尽くこれを秩序的に諳じながら、なお飽きないほどの熱心なる観察者である。まず、忍び逢いの小座敷には、刎返した重い夜具へ背をよせかけるように、そして立膝した長襦袢の膝の上か、あるいはま・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・この寺の墓地と六間堀の裏河岸との間に、平家建の長屋が秩序なく建てられていて、でこぼこした歩きにくい路地が縦横に通じていた。長屋の人たちはこの処を大久保長屋、また湯灌場大久保と呼び、路地の中のやや広い道を、馬の背新道と呼んでいた。道の中央が高・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・まずその汁の実を何に致しましょうと聞かれると、実になり得べき者を秩序正しく並べた上で選択をしなければならんだろう。一々考え出すのが第一の困難で、考え出した品物について取捨をするのが第二の困難だ」「そんな困難をして飯を食ってるのは情ない訳・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
ただいまは牧君の満洲問題――満洲の過去と満洲の未来というような問題について、大変条理の明かな、そうして秩序のよい演説がありました。そこで牧君の披露に依ると、そのあとへ出る私は一段と面白い話をするというようになっているが、な・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫