・・・どんな一寸した風変りな河原の石にも、箒川に注ぐ瀧にも、すべてに名所らしい名称があって、そこには一々立札が立っているというのは、何と五月蠅いことであろう。塩原温泉組合は、遊山人のために何一つ発見すべきものを残して置かない。山歩きをしているうち・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・と云う立札が立ち、役人のいる処や、標示板の立ったはもう二年ほど前の事である。 そのために、湖の様に、澄んで広々と、彼方の青や紫の山々の裾までひろがって居る様にはてしなかった池も、にわかに取り澄まして、近づき難い、可愛げのない様子になって・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 道が二股にわかれて、一方の草堤に自立会と明瞭に書いて矢じるしをつけた立札が立っていた。ひろ子たちの前の方を、背広の男が一人ゆっくり歩いていた。遠くからその立札に目をつけているのが、うしろつきでわかった。あの人も行くのかしら。そう思って・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・用事で公園をいそぎ足にぬけていたら、いかにも菊作りしそうな小商人風の小父さんが、ピンと折れ目のついた羽織に爪皮のかかった下駄ばきで、菊花大会会場と立札の立っている方の小道へ歩いて行きました。 先達って靖国神社のお祭りの時は、二万人ほどの・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
出典:青空文庫