・・・「火事じゃあねえ、竜巻だ。」「やあ、竜巻だ。」「あれ。」 と口の裡、呼吸を引くように、胸の浪立った娘の手が、謹三の袂に縋って、「可恐い……」「…………」「どうしましょうねえ。」 と引いて縋る、柔い細い手を、謹・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・青葉したたり、いずかたよりぞレモンの香、やさしき人のみ住むという、太陽の国、果樹の園、あこがれ求めて、梶は釘づけ、ただまっしぐらの冒険旅行、わが身は、船長にして一等旅客、同時に老練の司厨長、嵐よ来い。竜巻よ来い。弓矢、来い。氷山、来い。渦ま・・・ 太宰治 「喝采」
・・・ひどく酔って、たちまち、私の頭上から巨大の竜巻が舞い上り、私の足は宙に浮き、ふわりふわりと雲霧の中を掻きわけて進むというあんばいで、そのうちに転倒し、 わたしゃ 売られて行くわいな と小声で呟き、起き上って、また転倒し、世界が自・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・また、あそこのベンチに腰かけている白手袋の男は、おれのいちばんいやな奴で、見ろ、あいつがここへ現われたら、もはや中天に、臭く黄色い糞の竜巻が現われているじゃないか。 私は彼の饒舌をうつつに聞いていた。私は別なものを見つめていたのである。・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・が生物のように緩やかに揺曳していると思うと真中の処が慈姑の芽のような形に持上がってやがてきりきりと竜巻のように巻き上がる。この現象の面白さは何遍繰返しても飽きないものである。 物理学の実験に煙草の煙を使ったことはしばしばあった。ことに空・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・右舷の島の上には大きな竜巻の雲のようなものがたれ下がっていた。ミラージュも見えた。すべてのものに強い強い熱国の光彩が輝いているのであった。 船はタンジョンパガールの埠頭に横づけになる。右舷に見える懸崖がまっかな紅殻色をしていて、それが強・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・そして時々大きな渦ができ、それがちょうど竜巻のようなものになって、地面から何尺もある、高い柱の形になり、非常な速さで回転するのを見ることがあるでしょう。 茶わんの上や、庭先で起こる渦のようなもので、もっと大仕掛けなものがあります。それは・・・ 寺田寅彦 「茶わんの湯」
・・・ 雷雨の季節的分布を論ずる条において、寒暑の接触を雷雨の成立条件と考えているのも見のがすことができない。 竜巻についてもかなり正しい観察と、真に近い考察がある。 雲の生成に凝縮心核を考えているのは卓見である。そして天外より飛来す・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・海へ行ってこんどは竜巻をやったにちがいないんだ。竜巻はねえ、ずいぶん凄いよ。海のには僕はいったことはないんだけれど、小さいのを沼でやったことがあるよ。丁度お前達の方のご維新前ね、日詰の近くに源五沼という沼があったんだ。そのすぐ隣りの草はらで・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・早速竜巻に云いつけて天上にお送りいたしましょう。お帰りになりましたらあなたの王様に海蛇めが宜しく申し上げたと仰っしゃって下さい。」 ポウセ童子が悦んで申しました。「それでは王様は私共の王様をご存じでいらっしゃいますか。」 王はあ・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
出典:青空文庫