・・・私は机にすわっていろんな人の紀行文や名所話なんかをよんで自分が出かけたような気持になって居た。 御ひるはんの時、「男だったら、どこへだって出られるんだけれども」とこんな事をかんがえながら、夢中でラッキョーの上にのって居たまっかいとうがら・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・「長崎紀行」「白い翼」などを書いた。一九二六年「伸子」完結。「一太と母」「未開な風景」等。一九二七年「伸子」を単行本にする為に手入れをしながら「高台寺」「帆」「白い蚊帳」「街」「一本の花」等を書く。・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・それが、野ざらしをこゝろに風のしむ身かな秋十とせ却つて江戸をさす古郷にはじまる「野ざらし紀行」以後の一貫した態度であることは十分頷ける。元禄七年五十一歳で生涯を終るまでの十年、芭蕉はきびしく生活と芸術の統一を護っ・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・中河与一の南洋紀行。吉行エイスケの中国もの。それぞれ、確に日本以外の外国をとり入れ、それを主題としている点では一見国際的であるらしく思える。 では、そういう諸作品が、何を主眼として外国をとり入れているか? 第一に、主題の異国的な目新しさ・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
・・・ 芥川氏の所蔵に香以の父竜池が鎌倉、江の島、神奈川を歴遊した紀行一巻がある。上木し得るまでに浄写した美麗な巻で、一勇斎国芳の門人国友の挿画数十枚が入っている。 この游は安政二年乙卯四月六日に家を発し、五日間の旅をして帰ったものである・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・ギヨオテが伊太利紀行もおもい出でられておかし。温泉を環りて立てる家数三十戸ばかり、宿屋は七戸のみ。湯壺は去年まで小屋掛のようなるものにて、その側まで下駄はきてゆき、男女ともに入ることなりしが、今の混堂立ちて体裁も大に整いたりという。人の浴す・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・ 木下は青年のころゲエテの『イタリア紀行』を聖書のごとく尊んでいた。この書が彼にいかに強く影響しているかは、『地下一尺集』の諸篇を読む人の直ちに認めるところであろう。確かに『イタリア紀行』のゲエテは彼のよき師であった。しかし彼はこの師に・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫