・・・大抵は妻の物である。紋羽二重や、鼠縮緬の衣物――繻珍の丸帯に、博多と繻子との昼夜帯、――黒縮緬の羽織に、宝石入りの帯止め――長浜へ行った時買ったまま、しごきになっている白縮緬や、裏つき水色縮緬の裾よけ、などがある。妻の他所行き姿が目の前に浮・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・緋の紋羽二重に紅絹裏のついた、一尺八寸の襦袢の片袖が、八つに畳んで抽斗の奥に突っ込んであった。もとより始めは奇怪なことだと合点が行かなかった。別に証拠といってはないのだから、それが、藤さんがひそかに自分に残した形見であるとは容易に信じられる・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・紫の紋羽二重の羽織に丸髷で、母のところへ挨拶につれて来られても、母に何か云ってくってかかった。このときも、母は非常におこった。お前にこそ、富樫でも大事な御亭主だろうが、このひろい世間で、あんな男一匹が、という風に、母は啖呵をきった。一刻もう・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 黒い紋羽二重の被布に、同じような頭巾をかぶったはつ子は、小さい眼を輝やかせて自分の恋愛談をした。「私のその青年との恋愛は、清田によって満されなかった美の感情がその人に向って迸ったとでも云いますか。――私自身始めっから、それは自覚し・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫