・・・ 僕は納棺を終った後にも時々泣かずにはいられなかった。すると「王子の叔母さん」と云う或遠縁のお婆さんが一人「ほんとうに御感心でございますね」と言った。しかし僕は妙なことに感心する人だと思っただけだった。 僕の母の葬式の出た日、僕の姉・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・つづいて、鴎外は乃木夫妻の納棺式に臨み、十八日の葬式にも列った。同日の日記に「興津彌五右衛門を艸して中央公論に寄す」とあって、乃木夫妻の死を知った十四日から三日ぐらいの間に、しかもその間には夫妻の納棺式や葬儀に列しつつ、この作品は書かれたの・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 思うさえ胸のつぶれる様な納棺の日である。 私はその席に連る事を恐れた。 悲しさのために私は恐れたのである。 二つ三つ隔った処に私はだまって壁を見て座って居た。 私を呼びに来る人を心待ちに待ち・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ お叔父ちゃんも今にどっか好い所へ行くのだろう。と云う想像が非常に私を安心させて居たのである。 納棺の朝頃であったと思う。 どうかして周囲には人が誰も居ないで私丈がいつもの様に火鉢にあたりながら呆んやり座って居る・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫