・・・そこがちょうど結び目の帯留の金具を射て、弾丸は外れたらしい。小指のさきほどの打身があった。淡いふすぼりが、媼の手が榊を清水にひたして冷すうちに、ブライツッケルの冷罨法にも合えるごとく、やや青く、薄紫にあせるとともに、乳が銀の露に汗ばんで、濡・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 続いたのが、例の高張を揚げた威勢の可い、水菓子屋、向顱巻の結び目を、山から飛んで来た、と押立てたのが、仰向けに反を打って、呵々と笑出す。次へ、それから、引続いて――一品料理の天幕張の中などは、居合わせた、客交じりに、わはわはと笑を揺る・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 変っているといえば、彼は兵古帯を前で結んで、結び目の尻尾を腹の下に垂れている。結び目をぐるりとうしろへ廻すのを忘れたのか、それとも不精で廻さないのか、いや、当人に言わせると、前に結ぶ方がイキだというのである。バンドは前に飾りがついてい・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・博士は、よれよれの浴衣に、帯を胸高にしめ、そうして帯の結び目を長くうしろに、垂れさげて、まるで鼠の尻尾のよう、いかにもお気の毒の風采でございます。それに博士は、ひどい汗かきなのに、今夜は、ハンカチを忘れて出て来たので、いっそう惨めなことにな・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ と言って笑い、鉢巻の結び目のところあたりへ片手をやった。「これ、あるか。」私は左手で飲む真似をして見せた。「極上がございます。いや、そうでもねえか。」「コップで三つ。」と私は言った。 小串の皿が三枚、私たちの前に並べら・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・それで俳句の作者はこれら季題の一つを提供するだけで、共同作者たる読者の連想の網目の一つの結び目を捕えることになる。しかしこの結び目に連絡する糸の数は無限にたくさんある。そのうちで特にある一つの糸を力強く振動させるためには、もう一つの結び目を・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ このようにして、前句と後句とは言わばそれぞれが錯綜した網の二つの結び目のようなものである。また、水上に浮かぶ二つの浮き草の花が水中に隠れた根によって連絡されているようなものである。あるいはまた一つの火山脈の上に噴出した二つの火山のよう・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・タネリは、さびしそうにひとりでつぶやきながら、そこらの枯れた草穂をつかんで、あちこちに四つ、結び目をこしらえて、やっと安心したように、また藤の蔓をすこし口に入れてあるきだしました。 丘のうしろは、小さな湿地になっていました。そこではまっ・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・私は萱の葉の混んだ所から無理にのぞいて見ましたら二人ともメリケン粉の袋のようなものを小わきにかかえてその口の結び目を立ったまま解いているのでした。「この辺でよかろうな。」一人が云いました。「うん、いいだろう。」も一人が答えたと思うと・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・うすっくらい寝台車の中で私は涙を又新らしくポロポロこぼしながらふるえる指さきでしっかり結んである紫ふくさの結び目をといた。中からはなお私の涙を誘い出す様な青く、まっさおく光る青貝の螺鈿の小箱があった。私がよくこれを見るとこの角々をなで廻しな・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
出典:青空文庫