・・・変れば変るもので、まだ、七八ツ九ツばかり、母が存生の頃の雛祭には、緋の毛氈を掛けた桃桜の壇の前に、小さな蒔絵の膳に並んで、この猪口ほどな塗椀で、一緒に蜆の汁を替えた時は、この娘が、練物のような顔のほかは、着くるんだ花の友染で、その時分から円・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・云う風に構えていたところを、しょげ返りもせず、実はこれこれで、あなたの金剛石を弁償するため、こんな無理をして、その無理が祟って、今でもこの通りだと、逐一を述べ立てると先方の女は笑いながら、あの金剛石は練物ですよと云ったそうです。それでおしま・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・由子が平常にしめているうちに、真中に嵌っていた練物の珠みたいなものが落っこちてしまった。珠みたいなものは薄紅色をしていた。…… 由子は、今も鮮やかにぽっくり珠の落ちた後の台の形を目に泛べることが出来た。楕円形の珠なりにぎざぎざした台の手・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
出典:青空文庫