・・・ 深い鉢に粟羊羹があった。濃い紅釉薬の支那風の鉢とこっくり黄色い粟の色のとり合わせが美しく、明るい卓の上に輝やいた。女将は仲間でお茶人さんと云われ、一草亭の許へ出入りしたりしていた。小間の床に青楓の横物をちょっと懸ける、そういう趣味が茶・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ にかび顔をして土産に持って来た柿羊羹のヘトヘトになった水引をだまってひっぱって居た。 自分の云いたい事をあきるまで云って仕舞うと父親は娘に云いたい事があると云って女中部屋に行ってしまった。 千世子は元の場所から動こうともし・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・「少しこの辺を片附けて、お茶を入れて、馬関の羊羹のあったのを切って来い。おい。富田君の処の徳利は片附けてはいけない。」「いや。これを持って行かれては大変。」富田は鰕のようになった手で徳利を押えた。そして主人にこう云った。「一体御・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫