・・・やがて夫の光国が来合わせて助けるというのが、明晩、とあったが、翌晩もそのままで、次第に姫松の声が渇れる。「我が夫いのう、光国どの、助けて給べ。」とばかりで、この武者修業の、足の遅さ。 三晩目に、漸とこさと山の麓へ着いたばかり。 ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・それでは帰してやると言う、お雪はいつの間にか旧の閨に帰っております。翌晩になるとまた昨夜のように、同じ女が来て手を取って引出して、かの孤家へ連れてまいり、釘だ、縄だ、抜髪だ、蜥蜴の尾だわ、肋骨だわ、同じ事を繰返して、骨身に応えよと打擲する。・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 五 翌晩省作からおとよの許に手紙がとどいた。「前略お互いに知れきった思いを今さら話し合う必要もないはずですが、何だかわたしはただおとよさんの手紙を早く見たくてならない、わたしの方からも一刻も早く申し上げたいと・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・私はその時に不図気付いて、この積んであった本が或は自分の眼に、女の姿と見えたのではないかと多少解決がついたので、格別にそれを気にも留めず、翌晩は寝る時に、本は一切片附けて枕許には何も置かずに床に入った、ところが、やがて昨晩と、殆んど同じくら・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・骨も肉も爛れたる俊雄は相手待つ間歌川の二階からふと瞰下した隣の桟橋に歳十八ばかりの細そりとしたるが矢飛白の袖夕風に吹き靡かすを認めあれはと問えば今が若手の売出し秋子とあるをさりげなく肚にたたみすぐその翌晩月の出際に隅の武蔵野から名も因縁づく・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・そうしてその翌晩はまた満州から放送のラジオで奉天の女学生の唱歌というのを聞いた。これはもちろん単純なる女学生の唱歌には相違なかったが、しかし不思議に自分の中にいる日本人の臓腑にしみる何ものかを感じさせられた。それはなんと言ったらいいか、たと・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
○先日徹夜をして翌晩は近頃にない安眠をした。その夜の夢にある岡の上に枝垂桜が一面に咲いていてその枝が動くと赤い花びらが粉雪のように細かくなって降って来る。その下で美人と袖ふれ合うた夢を見た。病人の柄にもない艶な夢を見たものだ。〔『ホ・・・ 正岡子規 「夢」
・・・ H町からまつに来て貰い、翌晩は、ひどく神経的になって、細井さんを呼ぶほどであった。 Aは、さぞ心配されただろう。 然し、其那に長くは悪くなかった。四五日で起きた。 或境遇に、人間が馴致されると云うことは、人々は理論として明・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・森は首尾よく城内に入り、幽斎公の御親書を得て、翌晩関東へ出立いたし候。この歳赤松家滅亡せられ候により、景一は森の案内にて豊前国へ参り、慶長六年御当家に召抱えられ候。元和五年御当代光尚公御誕生遊ばされ、御幼名六丸君と申候。景一は六丸君御附と相・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
出典:青空文庫