・・・ 悲劇と喜劇とが錯綜して、日夜運行していた大坂城の中にお菊という一人の老女があった。余程永年、豊臣家に仕えていたものらしい。ところが、このお菊がどんな生活をしていたかといえば、冬でも僅かに麻衣を重ねていたに過ぎないということが、竹越与三・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・そこへ老女の使が呼びに来た。 りよは着換えぬうちで好かったと思いながら、すぐに起って上草履を穿いて、廊下伝に老女の部屋へ往った。 老女は云った。「お前の宿から使が来ているがね、母親が急病だと云うことだ。盆ではあり、御多用の所だが、親・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ わたくしはまた香以伝に願行寺の香以の墓に詣る老女のあることを書いた。そしてその老女が新原元三郎という人の妻だと云った。芥川氏に聞けば、老女は名をえいと云う。香以の嫡子が慶三郎で、慶三郎の女がこのえいである。えいの夫の名は誤っていなかっ・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・それは第一部の閭門の外で、娘等に物を言い掛ける一老女である。アルテと書いてある。アルテはアイネ・アルテである。それを複数に誤って老人等と訳してあった。アルテが一老女だと云うことは、どのコンメンタアルにもある。高橋君も町井君も正しく訳していら・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・夕餉の時老女あり菊の葉、茄子など油にてあげたるをもてきぬ。鯉、いわなと共にそえものとす。いわなは香味鮎に似たり。 二十一日、あるじ来て物語す。父は東京にいでしことあれど、おのれは高田より北、吹上より南を知らずという。東京の客のここへ来る・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・ これと対い合ッているのは四十前後の老女で、これも着物は葛だが柿染めの古ぼけたので、どうしたのか砥粉に塗れている。顔形、それは老若の違いこそはあるが、ほとほと前の婦人と瓜二つで……ちと軽卒な判断だが、だからこの二人は多分母子だろう。・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫