・・・ 夏は、若い者共の泳場となり、冬は、諏訪の湖にあこがれる青年が、かなり厚く張る氷を滑るのであった。此等の池の美くしいのも只夏ばかりの僅かの間である。山々が緑になって、白雲は様々の形に舞う。 池の水は深く深くなだらかにゆらいで、小川と・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ わしはのう、夜毎にいろいろと老人達やら又は小鳥の様な者共からいろいろの話をきいたのじゃ。 罪のない面白い話はわしの口のはたでおどり狂うて居るのでのう。 久し振りに参った事故わしは御事に知って居る丈の話をきかすのをお事が見えたと・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・その時を計画的に準備し、待っていた同業者共は、労さず数万の利益を得たのである。 この恐るべき三年間を始りとして、バルザックは終生近代資本主義経済の深奥のからくりにふれざるを得ない立場におかれるようになった。彼は金の融通の切迫した必要から・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ 自分の慰安を得るために、未来はてしなく産れ出づべき子孫の者共の辛痛を思わずに無責任に家庭を作ると云う事が明かな罪悪である事を思わされる。 人間は病苦と淋しさに堪え得る強い心がないのであろうか。 それ等の涙の種を忘れ得る専心の仕・・・ 宮本百合子 「ひととき」
・・・ この年配において、ゴーリキイが善玉・悪玉を人間的な心持から嫌悪したばかりでなく、本が少数の例外を除いて「皆、主人の家の者共と同じように人々を厳しく叱ったり、したり顔で批判したりしている」ことに歴然とした反撥を示していることも亦将来にお・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・わが骨肉の老朽を自ら感じる者等は活力に溢れ、日々の冒険で世界を拡張させて行く者共に、絶大な期待と信任を覚えたに違いない。彼等は一つ一つに新たな発見をすることが如何程、自分等皆の生活に重大な意義を持っているか、複雑な近代人の持ち得る以上の直覚・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
・・・どこの誰の親の病気が直ったとか、どこの誰は迷子の居所を知らせて貰ったとか、若い者共が評判し合っていたのである。文吉は九郎右衛門にことわって、翌日行水して身を潔めて、玉造をさして出て行った。敵のありかと宇平の行方とを伺って見ようと思ったのであ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫