・・・水軍の策戦は『三国志』の赤壁をソックリそのままに踏襲したので、里見の天海たる丶大や防禦使の大角まで引っ張り出して幕下でも勤まる端役を振り当てた下ごしらえは大掛りだが、肝腎の合戦は音音が仁田山晋六の船を燔いたのが一番壮烈で、数千の兵船を焼いた・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・写真屋の資本の要らない話、資本も労力も余り要らない割合には楽に儲けられる話、技術が極めて簡単だから女にでも、少し器用なら容易に覚えられる話、写真屋も商売となると技術よりは客扱いが肝腎だから、女の方がかえって愛嬌があって客受けがイイという話、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・第一お前、肝心の仲人があの通りの始末なんだもの」「仲人があの通りってどう?」「新さんの今のとこさ」「ああ、だけど、それを言ってちゃいつのことだか分らないかも知れないよ」と伏目になって言った。 金之助は深くも気に留めぬ様子で、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ さて、これからがこの話の眼目にはいるのですが、考えてみると、話の枕に身を入れすぎて、もうこの先の肝腎の部分を詳しく語りたい熱がなくなってしまいました。何をやらしてみても、力いっぱいつかいすぎて、後になるほど根まけしてしまうというい・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・男と思われても構わないが、しかし、私は小説の中で嘘ばっかし書いているから、だまされぬ用心が肝腎であると、言うつもりだった。しかし、それを言えば、女というものは嘘つきが大きらいであるから、ますます失敗であろう。 だから、私は小説家というも・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・けれど、やはり肝心の家の門はくぐらず、せかせかと素通りしてしまう。そしてちょっと考えて、神楽坂の方へとぼとぼ……、その坂下のごみごみした小路のなかに学生相手の小質屋があり、今はそこを唯一のたのみとしているわけだが、しかし質種はない。いろいろ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ ある時、与助は、懐中に手を入れて子供に期待心を抱かせながら、容易に、肝心なものを出してきなかった。「なに、お父う?」「えいもんじゃ。」「なに?……早ようお呉れ!」「きれいな、きれいなもんじゃぞ。」 彼は、醤油樽に貼・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・子供を学校へやって生意気にするよりや、税金を一人前納めるのが肝心じゃ。その方が国の為めじゃ。」と小川は、ゆっくり言葉を切って、じろりと源作を見た。 源作は、ぴく/\唇を顫わした。何か云おうとしたが、小川にこう云われると、彼が前々から考え・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・しかし、肝心の相談となると首を傾げてしまって、唯々姉の様子を見ようとばかりしていた。おげんに言わせると、この弟達の煮え切らない態度は姉を侮辱するにも等しかった。彼女は小山の家の方の人達から鋏を隠されたり小刀を隠されたりしたことを切なく思った・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・日頃百円のものを二百円にも三百円にも廻して、現金で遊ばせて置くということも少い商人が、肝心の店の品物をすっかり焼いた上に、取引先まで焼けてしまったでは、どうしようもない。田舎へでも引込むか、ちいさくなるか――誰一人、打撃を受けないものはない・・・ 島崎藤村 「食堂」
出典:青空文庫