・・・ 今川橋のお針の師匠の家には荒木という髪の毛の長い学生が下宿していた。荒木はその家の遠縁に当る男らしく、師匠に用事のある顔をして、ちょこちょこ稽古場へ現われては、美しい安子に空しく胸を焦していたが、安子が稽古に通い出して一月許りたったあ・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・それで、映画の世界にもいつかはまたそうした人が出るであろうという気長い希望をいだいてそうしてそれまでは与えられたる「荒木又右衛門」を、また「街のルンペン」をその与えられたる限りにおいて観賞することに努力すべきであろう。 ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これと同じ意味においてまたわが国の剣劇の大立ち回りが大衆の喝采を博するのであろう。荒木又右衛門が三十余人を相手に奮闘するのを見て理屈抜きにおもしろいと思わない日本人は少ないであろう。いわゆるプロ芸術のねらいどころもここに共通点を持っているよ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・「なぜって、君、荒木又右衛門を知らないか」「うん、又右衛門か」「知ってるのかい」と碌さんまた湯の中へ這入る。圭さんはまた槽のなかへ突立った。「もう仁王の行水は御免だよ」「もう大丈夫、背中はあらわない。あまり這入ってると逆・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・その日キッコが学校から帰ってからのはしゃぎようと云ったら第一におっかさんの前で十けたばかりの掛算と割算をすらすらやって見せてよろこばせそれから弟をひっぱり出して猫の顔を写生したり荒木又右エ門の仇討のとこを描いて見せたりそしておしまいもう・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
・・・の公務員法案であるタフト・ハートレー法の撤廃、物価の引下げ、人種的差別の撤廃その他を主張して当選したとき、日本では全人民の生活を破壊したさきの侵略戦争共同謀議者二十五名の判決公判が開かれたのであった。荒木をはじめとしてABC順にならべられた・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・そういう経験からも私はこの条に注意を喚起されて読んだのであるが、荒木巍氏の「新しき塩」の中でも、違った形と作者のテムペラメントにおいてではあるが、やはり「流行的な参加の仕方に反撥を持ったによる」と云うことが自信をもって云われている。今日、文・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
『中央公論』の十月号に、荒木巍氏の「新しき塩」という小説がある。中学校の教師を勤めているうちに自身の少年時代の生活経験から左翼の活動に共感し、そのために職を失った魚住敬之助という男が、北海道まで行って、不良少年感化院の教師と・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・お茶の水の卒業後暫く目白の女子大学に学び、先年父の外遊に随って渡米、コロムビア大学に留まって社会学と英文学研究中、病気に罹り中途で退きましたが、その時、荒木と結婚することになり、大正九年に帰朝いたしまして、その後は家事のひまひまに筆にいそし・・・ 宮本百合子 「処女作より結婚まで」
・・・人民社中の日暦の同人、荒木巍氏など先頭に立って「もしやられたら僕らの生活を保障してくれるか」と武田に迫った由。そんなこと出来るものか、じゃ解散しろ、それで急に解散した由である。武田が荒木に「では君がさっさと脱退したらいいじゃないか」と云った・・・ 宮本百合子 「一九三七年十二月二十七日の警保局図書課のジャーナリストとの懇談会の結果」
出典:青空文庫