上 夜、盛遠が築土の外で、月魄を眺めながら、落葉を踏んで物思いに耽っている。 その独白「もう月の出だな。いつもは月が出るのを待ちかねる己も、今日ばかりは明くなるのがそら恐しい。・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・邯鄲の秋の午後は、落葉した木々の梢を照らす日の光があってもうすら寒い。「眼がさめましたね。」呂翁は、髭を噛みながら、笑を噛み殺すような顔をして云った。「ええ」「夢をみましたろう。」「見ました。」「どんな夢を見ました。」・・・ 芥川竜之介 「黄粱夢」
・・・まだ野分の朝などには鼠小僧の墓のあたりにも銀杏落葉の山の出来る二昔前の回向院である。妙に鄙びた当時の景色――江戸と云うよりも江戸のはずれの本所と云う当時の景色はとうの昔に消え去ってしまった。しかしただ鳩だけは同じことである。いや、鳩も違って・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 墓は皆暗かった、土地は高いのに、じめじめと、落葉も払わず、苔は萍のようであった。 ふと、生垣を覗いた明い綺麗な色がある。外の春日が、麗かに垣の破目へ映って、娘が覗くように、千代紙で招くのは、菜の花に交る紫雲英である。…… 少年・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・――青苔に沁む風は、坂に草を吹靡くより、おのずから静ではあるが、階段に、緑に、堂のあたりに散った常盤木の落葉の乱れたのが、いま、そよとも動かない。 のみならず。――すぐこの階のもとへ、灯ともしの翁一人、立出づるが、その油差の上に差置・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 真蒼になって、身体のぶるぶると震う一樹の袖を取った、私の手を、その帷子が、落葉、いや、茸のような触感で衝いた。 あの世話方の顔と重って、五六人、揚幕から。切戸口にも、楽屋の頭が覗いたが、ただ目鼻のある茸になって、いかんともなし得な・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 家のまわりは秋ならなくに、落葉が散乱していて、見るからにさびしい。生垣の根にはひとむらの茗荷の力なくのびてる中に、茗荷茸の花が血の気少ない女の笑いに似て咲いてるのもいっそうさびしさをそえる。子どもらふたりの心に何のさびしさがあろう。か・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・今日は兄夫婦と男とお増とは山へ落葉をはきに行ったとの話である。僕は民さんはと口の先まで出たけれど遂に言い切らなかった。母も意地悪く何とも言わない。僕は帰り早々民子のことを問うのが如何にも極り悪く、そのまま例の書室を片づけてここに落着いた。し・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ 冬になって堯の肺は疼んだ。落葉が降り留っている井戸端の漆喰へ、洗面のとき吐く痰は、黄緑色からにぶい血の色を出すようになり、時にそれは驚くほど鮮かな紅に冴えた。堯が間借り二階の四畳半で床を離れる時分には、主婦の朝の洗濯は夙うに済んでいて・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・楢林は薄く黄ばみ、農家の周囲に立つ高い欅は半ば落葉してその細い網のような枝を空にすかしている。丘のすそをめぐる萱の穂は白銀のごとくひかり、その間から武蔵野にはあまり多くない櫨の野生がその真紅の葉を点出している。『こんな錯雑した色は困るだ・・・ 国木田独歩 「小春」
出典:青空文庫