・・・ 九 炭 木材を蒸焼にすると大抵の有機物は分解して一部は瓦斯になって逃げ出し、残ったのは純粋な炭素と灰分とが主なものである、これがすなわち木炭である。質の粗密によってあるいは燃え切りやす・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・ プロレタリアの群居街からは、ユラユラとプロレタリアの蒸焼きの煙のような、見えないほてりが、トタン屋根の上に漂うていた。 そのプロレタリア街の、製材所の切屑見たいなバラックの一固まりの向うに、運河があった。その運河の汚ない濁った溜水・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・火葬にも種類があるが、煉瓦の煙突の立っておる此頃の火葬場という者は棺を入れる所に仕切りがあって其仕切りの中へ一つ宛棺を入れて夜になると皆を一緒に蒸焼きにしてしまうのじゃそうな。そんな処へ棺を入れられるのも厭やだが、殊に蒸し焼きにせられると思・・・ 正岡子規 「死後」
・・・そんな処へ棺を入れられるのも厭やだが、殊に蒸し焼きにせられると思うと、堪まらぬわけじゃないか。手でも足でも片っぱしから焼いてしまうというなら痛くてもおもい切りがいいが蒸し焼きと来ては息のつまるような、苦しくても声の出せぬような変な厭やな感じ・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ぼくはまたきみがあの醋酸工場の釜の中へでも入れられて蒸し焼きにされたかと思ったんだ。」「ぼくはねえ、あっちで技師の助手をしたんだ。するとその人が何でも教えてくれた。薬もみんな教えてくれた。ぼくはもう革のことなら、なめすことでも色を着ける・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・「でも魚スープか蒸焼を注文されたら?」「作れ。どうせ食う」 ゴーリキイには、こういう場合のスムールイの心持が通じた。スムールイを憐む感情が湧いた。ゴーリキイは自分の心にも似たような黒い、激しいものが答えられない疑いとして煮え立つ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫