・・・僕があの女に会ったのは、大学病院へやって来た時に、若槻にもちょいと頼まれていたから、便宜を図ってやっただけなんだ。蓄膿症か何かの手術だったが、――」 和田は老酒をぐいとやってから、妙に考え深い目つきになった。「しかしあの女は面白いや・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・僕はふと彼女の鼻に蓄膿症のあることを感じ、何か頬笑まずにはいられなかった。それから又僕の隣りにいた十二三の女生徒の一人は若い女教師の膝の上に坐り、片手に彼女の頸を抱きながら、片手に彼女の頬をさすっていた。しかも誰かと話す合い間に時々こう女教・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ 実にさまざまな、卑屈な笑いを笑った。「当りきや。そうあっさりと、びっくりしてたまるか。おい、亀公、お前この俺を一ぺんでもびっくりさせることが出来たら、新円で千円くれてやらア」 蓄膿症をわずらっているらしくしきりに鼻をズーズーさ・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・サクラの花を見に行くのは、蓄膿症をなおしに行くのでは、無いでしょう。私は、こんなことをさえ考えます。芸術に、意義や利益の効能書を、ほしがる人は、かえって、自分の生きていることに自信を持てない病弱者なのだ。たくましく生きている職工さん、軍人さ・・・ 太宰治 「正直ノオト」
・・・という小説の所謂読後感を某文芸雑誌に発表しているのを読んだことがあるけれども、その頭の悪さに、私はあっけにとられ、これは蓄膿症ではなかろうか、と本気に疑ったほどであった。大学教授といっても何もえらいわけではないけれども、こういうのが大学で文・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ 名前まで言わせる気かい。蓄膿症じゃないかな?「あ、失礼。柳川さん。」 それは仮名で、本名は別にあるんだけれど、教えてやらないよ。「そうです。こないだは、ありがとう。」「いいえ、こちらこそ。」「どちらへ?」「あな・・・ 太宰治 「渡り鳥」
出典:青空文庫