・・・よろずの塵や藻屑のつきたれども打ち払わず。頸細くして腹大きに脹れ、色黒うして足手細し。人にして人に非ず。」と云うのですが、これも大抵は作り事です。殊に頸が細かったの、腹が脹れていたのと云うのは、地獄変の画からでも思いついたのでしょう。つまり・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 留守はただ磯吹く風に藻屑の匂いの、襷かけたる腕に染むが、浜百合の薫より、空燻より、女房には一際床しく、小児を抱いたり、頬摺したり、子守唄うとうたり、つづれさしたり、はりものしたり、松葉で乾物をあぶりもして、寂しく今日を送る習い。 ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・敵の軍艦が突然出てきて、一砲弾のために沈められて、海底の藻屑となっても遺憾がないと思った。金州の戦場では、機関銃の死の叫びのただ中を地に伏しつつ、勇ましく進んだ。戦友の血に塗れた姿に胸を撲ったこともないではないが、これも国のためだ、名誉だと・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・堯寛にあざむかれなされて、あえなくも底の藻屑と……矢口で」「それ、さらば実でおじゃるか。それ詐偽ではおじゃらぬか」「何を……など詐偽でおじゃろうぞ」 よもやと思い固めたことが全く違ッてしまったことゆえ、今さら母も仰天したが、さす・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫