・・・ それはもう世相とか、暗いとか、絶望とかいうようなものではなかった。虚脱とか放心とかいうようなものでもなかった。 それは、いつどんな時代にも、どんな世相の時でも、大人にも子供にも男にも女にも、ふと覆いかぶさって来る得体の知れぬ異様な・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・石田が待合へ戻って来ると、再び情痴の末の虚脱状態。嗅ぎつけた細君から電話が掛る。石田を細君の手へ戻す時間が近づく。しごきを取って石田の首に巻きつける。はじめは閨房のたわむれの一つであった。だから、石田はうっとりとして、もっと緊めてくれ、いい・・・ 織田作之助 「世相」
・・・恐らく気が狂うか全くの虚脱状態になってしまうだろう。 起きなければ、起きなければと思いながらも一本と吸っている時の私は、自分の人生を無駄に浪費しているわけだが、しかしそのような浪費のずるずるべったりの習慣の怖しさをふと意識した瞬間ほど、・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・全身の貧血、神経の過敏をいたし、時候寒暑等の近因に誘われて、とみに神経痛を発したるものもあらん。全身の貧血虚脱とあれば、肝油・鉄剤の類これに適当すべきなれども、目下まさに劇痛を発したる場合にのぞみてはその遠因を求めてこれを問うにいとまあらず・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・民主日本の航路から大衆の精悍さを虚脱させるために空腹時のエロティシズムは特効がある。文学における大衆性の本質は、決して大衆の一部にある卑俗性ではない。幾千万の私たち大衆が、つつましく名もない生涯を賭しながら、自身の卑俗さともたたかいながら、・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
・・・従来馴致された作家横光の読者といえども、知性を抹殺する知性の遊戯を快く受ける迄に、虚脱させられていないのである。 横光氏は、自身の文学的教養として従来フランス文学の伝統を汲んで来たと思われる。純粋小説云々のことも、あながち、スタンダール・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・第二巻で経験する苦しみと危機との描写は、現代においても若い精神が教育とか陶冶とかいう名の下に蒙らなければならない戦慄的な桎梏と虚脱とを語っているのである。「少年時代」の中でトルストイが描いている家庭教師への憎みは貴族の子弟でもその背に笞・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
出典:青空文庫