・・・器量はよかったが、衣裳がないので、そんな所で働いているのだった。銭湯代がないから、五十銭貸してくれと、私に無心したことがある。貸してやると、その金で仁丹の五十銭袋を買うたらしい。一日二円たらずの収入で、毎日三円の仁丹では、暮らして行けぬのか・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・過分の茶代に度を失いたる亭主は、急ぎ衣裳を改めて御挨拶に罷り出でしが、書記官様と聞くよりなお一層敬い奉りぬ。 琴はやがて曲を終りて、静かに打ち語らう声のたしかならず聞ゆ。辰弥も今は相対う風色に見入りて、心は早やそこにあらず。折しも障子は・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・何時此処へ来て、何処から現われたのか少も気がつかなかったので、恰も地の底から湧出たかのように思われ、自分は驚いて能く見ると年輩は三十ばかり、面長の鼻の高い男、背はすらりとしたやさがた、衣装といい品といい、一見して別荘に来て居る人か、それとも・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・よくの事と親類縁者も今では意見する者なく、店は女房まかせ、これを助けて働く者はお絹お常とて一人は主人の姪、一人は女房の姪、お絹はやせ形の年上、お常は丸く肥りて色白く、都ならば看板娘の役なれどこの二人は衣装にも振りにも頓着なく、糯米を磨ぐこと・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・と、見だての無い衣裳を着けている男の口からには似合わない尊大な一語が発された。然し二人は圧倒されて愕然とした、中辺の高さでは有るが澄んで良い声であった。「揃いも揃って、感心しどころのある奴の。」 罵らるべくもあるところを却って褒・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・広い町の片側には、流行の衣裳を着けた女連、若い夫婦、外国の婦人なぞが往ったり来たりしていた。ふと、ある店頭のところで、買物している丸髷姿の婦人を見掛けた。 大塚さんは心に叫ぼうとしたほど、その婦人を見て驚いた。三年ほど前に別れた彼の妻だ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・貸衣裳の用意も無い事はないのだが、それも一週間ほど前から申込んでいただかないと困るのです、という返事であった。大隅君は、いよいよふくれた。いかにも、「おまえがわるいんだ。」と言わぬばかりの非難の目つきで私を睨むのである。結婚式は午後五時の予・・・ 太宰治 「佳日」
・・・行進 馬子にも衣裳というが、ことに女は、その装い一つで、何が何やらわけのわからぬくらいに変る。元来、化け物なのかも知れない。しかし、この女のように、こんなに見事に変身できる女も珍らしい。「さては、相当ため込んだね。いや・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ この映画の頂点はヒロインが舞台で衣裳をかなぐり捨てブロンドのかつらを叩きつけて煩わしい虚偽の世界から自由な真実の天地に躍り出す場面であって、その前のすべてのストーリーはこの頂点へ導くための設計であるように見える。一九〇九年型の女優が一・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・このレヴューからあらゆる不純なものをことごとく取り去ってしまったもの、ちぐはぐな踊り子の個性のしみを抜き、だらしのない安っぽい衣装や道具立てのじじむささを洗い取ったあとに残る純粋の「線の踊り」だけを見せるとすれば、それは結局このフィッシンガ・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
出典:青空文庫