・・・ すぐここには見えない、木の鳥居は、海から吹抜けの風を厭ってか、窪地でたちまち氾濫れるらしい水場のせいか、一条やや広い畝を隔てた、町の裏通りを――横に通った、正面と、撞木に打着った真中に立っている。 御柱を低く覗いて、映画か、芝居の・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ あや子はそれらの前を通りぬけて、にぎやかなところから、すこしさびしい裏通りに出ようとしますと、そこにも一人のおばあさんが店を出していました。やはり、駄菓子やおもちゃの類に、そのほか子供の好きそうなものを並べていました。あや子は、べつに・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・――場所は梅田新道の電車道から少し入つた裏通りでした。一人の私服警官が粉煙草販売者を引致してゆく途中、小路から飛び出して来た数名がバラバラツと取りかこみ、各自手にした樫棒で滅茶苦茶に打ち素手の警官はたちまちぶつ倒れて水溜りに顔を突つ込ん・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・しく輝いている表通りよりも、道端の地蔵の前に蝋燭や線香の火が揺れていたり、格子の嵌ったしもた家の二階の蚊帳の上に鈍い裸電燈が点っているのが見えたり、時計修繕屋の仕事場のスタンドの灯が見えたりする薄暗い裏通りを、好んで歩くのだった。 その・・・ 織田作之助 「世相」
・・・早く横になれるところをと焦っても、旅館はおろか貸間を探すにも先ず安いところをという、そんな情ない境遇を悲しんでごたごたした裏通りを野良猫のように身を縮めて、身を寄せて、さまよい続けていたのだった。 やはり冬の、寒い夜だったと、坂田は想い・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗いていたりする裏通りが好きであった。雨や風が蝕んでやがて土に帰ってしまう、と・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 裏通りの四五軒目の、玄関とも、露台ともつかないような入口の作りつけられている家の前で、ウォルコフは、ひらりと身がるく馬からおりた。 人々は、眠から覚めたところだった。白い粘土で塗りかためられた煙突からは、紫色の煙が薄く、かすかに立・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・三人が、町の裏通りばかりをわざと選んで歩いて、ちえっ! 何だいあれあ、と口々にお祭を意味なく軽蔑しながら、三島の町から逃れ出て沼津をさしてどんどん歩き、日の暮れる頃、狩野川のほとり、江島さんの別荘に到着することが出来ました。裏口から入って行・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ 橋田氏は、そのひとらしくも無く、なぜだか、ひどく渋々応じた。 裏通りを選んで歩きながら、僕は、ふいと思い出したみたいな口調でたずねた。「ミソ踏み眉山は、相変らずですか?」「いないんです。」「え?」「きょう行ってみた・・・ 太宰治 「眉山」
・・・ むすこのSちゃんに連れられては京橋近い東裏通りの寄席へ行った。暑いころの昼席だと聴衆はほんの四五人ぐらいのこともあった。くりくり坊主の桃川如燕が張り扇で元亀天正の武将の勇姿をたたき出している間に、手ぬぐい浴衣に三尺帯の遊び人が肱枕で寝・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫