・・・…… 三十年の後、その時の二人の僧、――加藤清正と小西行長とは八兆八億の兵と共に朝鮮八道へ襲来した。家を焼かれた八道の民は親は子を失い、夫は妻を奪われ、右往左往に逃げ惑った。京城はすでに陥った。平壌も今は王土ではない。宣祖王はやっと義州・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・慣れたものには時刻といい、所柄といい熊の襲来を恐れる理由があった。彼れはいまいましそうに草の中に唾を吐き捨てた。 草原の中の道がだんだん太くなって国道に続く所まで来た頃には日は暮れてしまっていた。物の輪郭が円味を帯びずに、堅いままで黒ず・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・わごわした固い布地の黒色パンツひとつ、脚、海草の如くゆらゆら、突如、かの石井漠氏振附の海浜乱舞の少女のポオズ、こぶし振あげ、両脚つよくひらいて、まさに大跳躍、そのような夢見ているらしく、蚊帳の中、蚊群襲来のうれいもなく、思うがままの大活躍。・・・ 太宰治 「創生記」
・・・私の予感よりも一箇月早く襲来した。 その十日ほど前から、子供が二人そろって眼を悪くして医者にかよっていた。流行性結膜炎である。下の男の子はそれほどでも無かったが、上の女の子は日ましにひどくなるばかりで、その襲来の二、三日前から完全な失明・・・ 太宰治 「薄明」
・・・そのような愚直の、謂わば盲進の状態に在るとき、私は、神の特別のみこころに依り、数々の予告を賜って、けれども、かなしいかな、その予告の真意を解くことができず、どろぼう襲来の直前まで、つい、うっかり、警戒を怠っていたということに就いては、寛大の・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・が流れている事を感じさせられ、われわれの遠い祖先と大陸との交渉についての大きな疑問を投げかけられるのであった。最後のクライマックスとして、荒野を吹きまくる砂風に乗じていわゆる「アジアのあらし」が襲来する場面がある。これは自分のようなテンポの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・その一つによると旋風のようなものが襲来して、その際に「馬のたてがみが一筋一筋に立って、そのたてがみの中に細い糸のようなあかい光がさし込む」と馬はまもなく死ぬ、そのとき、もし「すぐと刀を抜いて馬の行く手を切り払う」と、その風がそれて行って馬を・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・しかしもし自然の歴史が繰り返すとすれば二十世紀の終わりか二十一世紀の初めごろまでにはもう一度関東大地震が襲来するはずである。その時に銀座の運命はどうなるか。その時の用心は今から心がけなければ間に合わない。困った事にはそのころの東京市民はもう・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・大地震が襲来して数万の生霊が消散した後にその地震が当然来るはずであった事が論ぜられたりするのは事実である。 しかし必ずしもそうではないようである。学者がその仕事を「仕上げる」には長い月日を要するのは普通であるが、仕事をつかまえ、「仕留め・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・をしないわれらにはかなり空腹であるところへ相当多量な昼食をしたあとは必然の結果として重い眠けが襲来する。四時から再び始まる講義までの二三時間を下宿に帰ろうとすれば電車で空費する時間が大部分になるので、ほど近いいろいろの美術館をたんねんに見物・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
出典:青空文庫