・・・柄にもない新生活なぞと言ってきても、つまりはよけいな憂目を妻子どもに見せるばかしだ」さりとて継母の提議に従って、山から材木を出すトロッコの後押しに出て、三十銭ずつの日手間を取る決心になったとして、それでいっさいが解決されるものとも、彼には考・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・その時私は、鏡を見せるのはあまりに不愍と思いましたので、鏡は見ぬ方がよかろうと言いますと、平常ならば「左様ですか」と引っ込んで居る人ではなかったのですが、この時は妙に温しく「止しときましょうか」といって、素直にそれを思いとどめました。 ・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・と嘆じて見せるのだった。 三 吉田はその娘の話からいろいろなことを思い出していた。第一に吉田が気付くのは吉田がその町からこちらの田舎へ来てまだ何ヶ月にもならないのに、その間に受けとったその町の人の誰かの死んだという便・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・しかし少し違うのは冬の夜の窓からちらちらと燈火を見せるばかりでない、折り折り楽しそうな笑声、澄んだ声で歌う女の唱歌を響かしたかったのです、……」「だって僕は相手が無かったのですもの」と上村が情けなそうに言ったので、どっと皆が笑った。・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・自分の村から百五十票取って見せると云いだせば、そういう男は必ず取る。若し、自分の村で約束したゞけ取れそうになかったら、隣村へ侵蝕してでも、無理やりに取る。 候補に立とうとするような地主は、そういう男を必ず逃がさずにとっ掴まえ、金を貸した・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・というような噂が塾の中で立つと、「ナニ乃公なら五十日で隅から隅まで読んで見せる」なんぞという英物が出て来る、「乃公はそんなら本紀列伝を併せて一ト月に研究し尽すぞ」という豪傑が現われる。そんな工合で互に励み合うので、ナマケル奴は勝手にナマケて・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・「こゝン中にいて、一体誰に見せるんだ。」と云って、クッ、クッと笑った。「そうか、そうか、分った。面会に来る女があるんだろうからな――」 それで俺の髪だけは助った。然しこの理髪師はニキビであろうが、何んであろうが、上から下へ一・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・いつでも次郎が私のところへ習作を持って来て見せるのは弟のいない時で、三郎がまた見せに来るのは兄のいない時だった。「どうも光っていけない。」 と言いながら、その時次郎は私の四畳半の壁のそばにたてかけた画を本棚の前に置き替えて見せた。兄・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・そのときには私はよろこんであの人の代りに殺されて見せる。」 デイモンはこう言って落ちつき払っておりました。 ところがディオニシアスが考えていたように、とうとう定めの日が来ても、ピシアスはそれなりかえって来ませんでした。デイモンはそれ・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・そしてわたし共に対して意地を悪くしていないところを見せるが好いわ。少くもわたしに対して意地を悪くしていないということを知らせて貰いたいわ。なぜだか知らないが、誰を敵に持つよりも、お前さんを敵に持つのは厭だわ。こう思うのは最初にお前さんの邪魔・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
出典:青空文庫