・・・その二尺玉の花火がもう上る時刻なので、それをどうしてもお母さんに見せると言ってきかないのです。佐吉さんも相当酔って居りました。「見せるったら、見ねえのか。屋根へ上ればよく見えるんだ。おれが負ってやるっていうのに、さ、負さりなよ、ぐずぐず・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・また特にフィルムの繰り出し方を早めあるいは緩めて見せる事によって色々の知識を授ける事が出来る。例えば植物の生長の模様、動物の心臓の鼓動、昆虫の羽の運動の仕方などがそうである。それよりも一層重要だと思うのは、万人の知っているべきはずの主要な工・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・縁端にずらり並んだ数十の裸形は、その一人が低く歌い出すと、他が高らかに和して、鬱勃たる力を見せる革命歌が、大きな波動を描いて凍でついた朝の空気を裂きつつ、高く弾ねつつ、拡がって行った。 ……民衆の旗、赤旗は…… 一人の男は、跳び上る・・・ 徳永直 「眼」
・・・狐ではなく、あれも矢張り野良犬であったのかも知れぬと、自然に安堵の色を見せるようになった。もう冬である。「寒くなってから火鉢の掃除する奴があるか。気のきかん者ばかり居る。」と或朝、父の小言が、一家中に響き渡った。 がたんがたんと、戸・・・ 永井荷風 「狐」
・・・覗いたように折れた其端が笠の内を深くしてそれが耳の下で交叉して顎で結んだ黒い毛繻子のくけ紐と相俟って彼等の顔を長く見せる。有繋に彼等は見えもせぬのに化粧を苦にして居る。毛繻子のくけ紐は白粉の上にくっきりと強い太い線を描いて居る。削った長い木・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・またこんな挨拶ができればこそ、たいした興味もない日本に二十年もながくいて、不平らしい顔を見せる必要もなかったのだろう。 場所ばかりではない、時間のうえでも先生の態度はまったく普通の人と違っている。郵船会社の汽船は半分荷物船だから船足がお・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・松葉杖ついたって、ぶっ衝って見せるからな」 松葉杖! 私はその時だってほんとうは、松葉杖を突いてでなければ、歩けないほどに足が痛く、傷の内部は化膿していたのだ。 私は、その役にも立たない、腐った古行李をもう担いで歩くのが、迚も重くて・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・私何様思いをしても、阿母や此児に餓じい目を見せる事でねえから、安心して行きなさるが可えよ。』 良人の其人も目は泣きながら、嬉しそうに首肯かれたのでした。『乃公はもう何んにも思い置く事はねえよ。村に帰ったら、皆さんへ宜敷く云って呉れるがい・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・おれの宝物を見せるのだ。世界に類の無い宝物だ。」 一本腕は爺いさんの手を振り放して一歩退いた。「途方もねえ。気違じゃねえかしら。」 爺いさんはそれには構わずに、靴をぬぎはじめた。右の足には黄革の半靴を穿いている。左の足には磨り切れた・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・少数の職業組合が旧教の牧師の下に立って単調な生活をしていた昔をそのままに見せるこう云う町は、パリイにはこの辺を除けては残っていない。指定せられた十八番地の前に立って見れば、宛然たる田舎家である。この家なら、そっくりこのままイソダンに立ってい・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
出典:青空文庫