・・・そこで、十五日に催す能狂言とか、登城の帰りに客に行くとか云う事は、見合せる事になったが、御奉公の一つと云う廉で、出仕だけは止めにならなかったらしい。 それが、翌日になると、また不吉な前兆が、加わった。――十五日には、いつも越中守自身、麻・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・二人は思わず顔を見合せると、ほとんど一秒もためらわずに、夏羽織の裾を飜しながら、つかつかと荒物屋の店へはいりました。そのけはいに気がついて、二人の方を振り向いたお敏は、見る見る蒼白い頬の底にほのかな血の色を動かしましたが、さすがに荒物屋のお・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・……この趣を乗気で饒舌ると、雀の興行をするようだから見合わせる。が、鞦韆に乗って、瓢箪ぶっくりこ、なぞは何でもない。時とすると、塀の上に、いま睦じく二羽啄んでいたと思う。その一羽が、忽然として姿を隠す。飛びもしないのに、おやおやと人間の目に・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・隣同士だからなんといっても顔見合わせる機会が多い。お互いにそぶりに心を通わし微笑に意中を語って、夢路をたどる思いに日を過ごした。後には省作が一筋に思い詰めて危険をも犯しかねない熱しような時もあったけれど、そこはおとよさんのしっかりしたところ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・何ですか、昨日の話の病人を佃の方へ移すことは、まあ少し見合わせるように……今動かしちゃ病人のためにもよくなかろうし、それから佃の方は手広いことには手広いが、人の出入りが劇しくって騒々しいから、それよりもこっちで当分店を休んだ方がよかろうと思・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ その記者が、レンズを覗きながら、またそう叫び、少年のひとりは、私の顔を見て、「顔を見合せると、つい笑ってしまうものだなあ。」 と言って笑い、私もつられて笑いました。 天使が空を舞い、神の思召により、翼が消え失せ、落下傘のよ・・・ 太宰治 「美男子と煙草」
・・・踊子の洋装と化粧の仕方を見ても、更に嫌悪を催す様子もなく、かえって老年のわたくしがいつも感じているような興味を、同じように感じているものらしく、それとなくわたくしと顔を見合せるたびたび、微笑を漏したいのを互に強いて耐えるような風にも見られる・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・余と婆さんは云い合したように顔を見合せる。両方共何とも答をしない。「実は今ここを巡行するとね、何だか黒い影が御門から出て行きましたから……」 婆さんの顔は土のようである。何か云おうとするが息がはずんで云えない。巡査は余の方を見て返答・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・隙を見損なッて、覚えず今吉里へ顔を見合わせると、涙一杯の眼で怨めしそうに自分を見つめていたので、はッと思いながら外し損ない、同じくじッと見つめた。吉里の眼にはらはらと涙が零れると、平田はたまらなくなッてうつむいて、深く息を吐いて涙ぐんだ。・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ あまがえるは一同ふうふうと息をついて顔を見合せるばかりです。とのさまがえるは得意になって又はじめました。「どうじゃ。無かろう。あるか。無かろう。そこでお前たちの仲間は、前に二人お金を払うかわりに、おれのけらいになるという約束をした・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
出典:青空文庫