・・・しかしながら一刹那でも人類の歴史がこの詩的高調、このエクスタシーの刹那に達するを得ば、長い長い旅の辛苦も償われて余あるではないか。その時節は必ず来る、着々として来つつある。我らの衷心が然囁くのだ。しかしながらその愉快は必ずや我らが汗もて血も・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・かくの如く都会における家庭の幽雅なる方面、町中の住いの詩的情趣を、専ら便所とその周囲の情景に仰いだのは実際日本ばかりであろう。西洋の家庭には何処に便所があるか決して分らぬようにしてある。習慣と道徳とを無視する如何に狂激なる仏蘭西の画家といえ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・そこでこの煮つめたところ、煎じつめたところが沙翁の詩的なところで、読者に電光の機鋒をちらっと見せるところかと思います。これは時間の上の話であります。長い時間の状態を一時に示す詩的な作用であります。 ところで沙翁には今一つの特色があります・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・一方より見れば、生れて何らの人生の罪悪にも汚れず、何らの人生の悲哀をも知らず、ただ日々嬉戯して、最後に父母の膝を枕として死んでいったと思えば、非常に美くしい感じがする、花束を散らしたような詩的一生であったとも思われる。たとえ多くの人に記憶せ・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・ 黄銅時代の為に、 トルストイの性慾論中より、「愛する者とのみ結合しようとするのは――結婚に依ると依らざるの別なく、よし又詩的に小説的に理想化せられ得るとしても――多くの人々が立派なものと思って居る豊富な美食を求めよう・・・ 宮本百合子 「結婚に関し、レークジョージ、雑」
・・・ブランデスはあんなに鋭く背景となった十八世紀時代の動きを分析していながら『人間喜劇』の作者が、上品な詩的な情感をもっていたから、復古時代にテンメンとしたといっているのですもの。 又今これをかきつづけます。今はもう夜の十二時近く。前の行ま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・散文精神という言葉はこれらの作家達によって言われているのであるが、ロマンティシズムに対する、又は常套的な詩的精神に対する現実の強調、勇気ある散文の精神を対置している意味は何人にも明かであるとして、現実と作家との関係を方向づけている上述のよう・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・というような云いかたは詩的な表現として好む人もあるだろうが、現実の人間はもっとつよく高貴な能動の力をひそめているものである。根はしばられつつ、あの風、この風を身にうけて、あなたこなたに打ちそよぎ、微に鳴り、やがて枯れゆく一本の葦では決してな・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・しかし、芭蕉の芭蕉たるところは、哲学的にそういう支柱のある境地さえも自身の寂しさ一徹の直感でうちぬけて、飽くまでもその直感に立って眼目にふれる万象を詩的象徴と見たところにあるのだと思われる。「さび」が日本の心の窮極にあるというよりは、どこま・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・これらの選択や利用が、すべて画家のある想念に――主としていわゆる詩的な美しい場面を根拠とするある幻想に――支配せられていることは、何人も否み得ないであろう。日本画のこのような特質に注意を集めて、それを「浪漫的」と呼んでも、必ずしも不都合はな・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫