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・・・これには恵印も当惑して、嚇すやら、賺すやら、いろいろ手を尽して桜井へ帰って貰おうと致しましたが、叔母は、『わしもこの年じゃで、竜王の御姿をたった一目拝みさえすれば、もう往生しても本望じゃ。』と、剛情にも腰を据えて、甥の申す事などには耳を借そ・・・
芥川竜之介
「竜」
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・・・佐野さんは、初めはお蝶をなだめ賺すようにしてあしらっている様子であったが、段々深くお蝶に同情して来て、後にはお蝶と一しょになって、機屋一家に対してどうしようか、こうしようかと相談をする立場になったらしい。 こう云う入り組んだ事情のある女・・・
森鴎外
「心中」