・・・が、赤銅色を帯びた上、本多正純のいったように大きい両眼を見開いていた。「これで塙団右衛門も定めし本望でございましょう。」 旗本の一人、――横田甚右衛門はこう言って家康に一礼した。 しかし家康は頷いたぎり、何ともこの言葉に答えなか・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・「その指繊長にして、爪は赤銅のごとく、掌は蓮華に似たる」手を挙げて「恐れるな」と言う意味を示したのである。が、尼提はいよいよ驚き、とうとう瓦器をとり落した。「まことに恐れ入りますが、どうかここをお通し下さいまし。」 進退共に窮まった・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・と思うと先生の禿げ頭も、下げる度に見事な赤銅色の光沢を帯びて、いよいよ駝鳥の卵らしい。 が、この気の毒な光景も、当時の自分には徒に、先生の下等な教師根性を暴露したものとしか思われなかった。毛利先生は生徒の機嫌をとってまでも、失職の危険を・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・出て見ると、空はどんよりと曇って、東の方の雲の間に赤銅色の光が漂っている、妙に蒸暑い天気でしたが、元よりそんな事は気にかける余裕もなく、すぐ電車へ飛び乗って、すいているのを幸と、まん中の座席へ腰を下したそうです。すると一時恢復したように見え・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・これまた笑止千万の事にて、美々しき服装、われに於いて何のうらやましき事も無之、全く黙殺し去らんと心掛申候えども、この人物は身のたけ六尺、顔面は赤銅色に輝き腕の太さは松の大木の如く、近所の質屋の猛犬を蹴殺したとかの噂も仄聞致し居り、甚だ薄気味・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・あの美しい緑色は見えなくなって、さびたひわ茶色の金属光沢を見せたが、腹の美しい赤銅色はそのままに見られた。 三 杏仁水 ある夏の夜、神田の喫茶店へはいって一杯のアイスクリームを食った。そのアイスクリームの香味には普・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・ 勇吉は、赤銅色の顔を一寸伏せ、人よく、「へへ」と照れ笑いをした。「詰んねえことさ、その……何さ、きい奴まだ若けえのに――その亭主兵隊さとられちまってはあ――その……さびしかっぺえと思ったんで、おらあ……何、ちょっくら親切し・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 柳原子氏は何のために伊藤伝右衛門の赤銅御殿をすてたのであったろうか。歌集『几帳のかげ』に盛られた女の憤りはどういうものであったのであろうか。宮崎龍介の妻として納り、今日その日その日をどうやら外見上平穏に過しておられるようになってしまえ・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・コフと市長夫人、娘の恋愛的情景に非常に圧縮された濃い深い雰囲気を出した点、メイエルホリド一流の好みで、ロイド眼鏡をかけたフレスタコフが、ゆきつ戻りつ、ステッキをふって市長宅へ出かける場面で、大胆至極な赤銅ばりの柵で舞台を横断させ、動く人間を・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・脇差は一尺八寸、直焼無銘、横鑢、銀の九曜の三並びの目貫、赤銅縁、金拵えである。目貫の穴は二つあって、一つは鉛で填めてあった。忠利はこの脇差を秘蔵していたので、数馬にやってからも、登城のときなどには、「数馬あの脇差を貸せ」と言って、借りて差し・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫