・・・ 冬でも、この岩穴の中に越年する、いわつばめがすんでいました。ひらひらと、青い空をかすめて、右に、左に、飛んでいたが、やがて、風に舞って落ちてきた木の葉のように、しんぱくの枝にきて止まりました。「雪が近づきましたよ。西の空が火のよう・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・しかし帰ろうにも、帰れない人達は、北海道で「越年」しなければならなくなるわけである。冬になると、北海道の奥地にいる労働者は島流しにされた俊寛のように、せめて内地の陸の見えるところへまでゞも行きたいと、海のある小樽、函館へ出てくるのだ。もう一・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・末筆ながら、めでたき御越年、祈居候。」 元旦「謹賀新年。」「献春。」「あけましておめでとう。」「賀正。」「頌春献寿。」「献春。」「冠省。ただいま原稿拝受。何かのお間違いでございましょう。当社ではおたのみした記憶これ無・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・人員整理、失業とのたたかい、越年資金闘争のすべては「その大部分がいかにもあいまいで、うそではないにしても、ほんとの程度がわからないといったものであります」という種類の社会現象だったろうか。二十五万人の女子大学生と男子大学生にきいてみたい。日・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・組合の活動にしろ戦争反対、ファシズム反対を持するこころもちとその行動、金でいえば五千円の越年資金を闘いとる行動にしろ、みんなその本質は解放を求める人民としての精神が、肉体の行為によってしめされたものである。だのに、どうして文学ではこの実際で・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・ 越年の客大分立てこんで来た。くに、いそがしがって上気せて居る。子供連多し。くにに「おねえちゃん、御飯まだでちゅか」という男の子の声す。十二月三十一日。 夜十二時過まで机の前に居る。おなかが空いたが板場は宵に家へ帰ったという・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
出典:青空文庫