・・・ 私は越後獅子かと思った。」 音痴同志のトンチンカンな会話。どうも、気持が浮き立たぬので、田島は、すばやく話頭を転ずる。「君も、しかし、いままで誰かと恋愛した事は、あるだろうね。」「ばからしい。あなたみたいな淫乱じゃありませんよ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・嵐のせいであろうか、或いは、貧しいともしびのせいであろうか、その夜は私たち同室の者四人が、越後獅子の蝋燭の火を中心にして集まり、久し振りで打ち解けた話を交した。「自由主義者ってのは、あれは、いったい何ですかね?」と、かっぽれは如何な・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・目がさめると裏の家で越後獅子のお浚いをしているのが、哀愁ふかく耳についた。「おはよう、おはよう」という人間に似て人間でない声が、隣の方から庭ごしに聞こえてきた。その隣の家で女たちの賑やかな話声や笑声がしきりにしていた。「おつるさん、・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 私はいつにない、華な水色のような心持で越後獅子のうたをうたった。長い振の着物を着て黒い髪を桃割にでも結って居る娘のような気持で…… 見ている内にいかにも夕暮らしい日光になって来た。いつの間にか前の川、鉄道の線一つを海からはなれて居・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
出典:青空文庫