・・・六 第二の破産状態に陥って、一日一日と惨めな空足掻きを続けていた惣治が、どう言って説きつけたものか、叔父から千円ばかしの価額の掛物類を借りだしたから、上京して処分してくれという手紙のあったのはもう十月も中旬過ぎであった。ちょ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 最後の汽車と騎馬との追っ駆けは、無音映画としてはあまりに陳套な趣向であるが、しかしあの機関車の音と画像と、馬のひづめの音と足掻きの絵との加速度的なフラッシュ・バックにはやはりちょっとすぐにはまねのできない呼吸のうまみがあるようである。・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・と云う願望が、気違いの様に羽ばたきをさせたり、空な足掻きをさせたりした。 白と黒の細かいだんだらの腹を、月の光りにさらしながら、頸ばかりを長く振りのばして、悲しい声に彼は叫びつづけたのである。「何と云う事になったのだ!・・・ 宮本百合子 「一条の繩」
・・・足許が棒のようになったので足掻きがつかずもろに倒れそうになっては、立ちなおって荒れる。容赦なく腹を締めつけ、遂に両腕も緊く白木綿の下に巻き込まれてしまった。幸雄は、今はハッ、ハッと息を吐きながら、鳥肌立って蒼い頬の上にぽろぽろ涙を流し始めた・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫