・・・斯の如く展転して、遂にやむときないじゃ。車輪のめぐれどもめぐれども終らざるが如くじゃ。これを輪廻といい、流転という。悪より悪へとめぐることじゃ。継起して遂に竟ることなしと云うがそれじゃ。いつまでたっても終りにならぬ、どこどこまでも悪因悪果、・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・キャンプの入口にヒラヒラしている。彼女は日やけした小手をかざして、眩しい耕地の果、麦輸送の「エレバートル」の高塔が白く燦いている方を眺めた。キャンプの車輪の間の日かげへ寝ころがって、休み番の若い農業労働者が二、三人、ギターを鳴らして遊んでい・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・風呂に入れといって、背の高くない、身持ちの、ほっぺたが赤い一人の保姆が車輪つき椅子をころがしこんで来た。日本女は体を動かすと同時に肝臓の痛みからボロボロ涙をこぼし、風呂には入れず、涙の間から身持ちの若い保姆の白衣のふくらがりをきつく印象され・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ うなりを立てて廻転する大都会の車輪の一端に、辛くも止まって居る微細な神経は、過度な刺激で或程度にすりへらされて居ります。 そのすりへらされた神経に与える変化は、どうしても濃厚なものでなければなりません。生活に疲れた頭は決して、低声・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ のろく、次第にうなりを立てて速く走って行く電車や、キラキラニッケル鍍金の車輪を閃かせ、後から後からと続く自転車の列。低い黒い背に日を照り返す自動車などが、或る時は雲の漂う、或る時は朗らかに晴れ渡ったその街上に活動している。 やや蒲・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ レーニングラード、モスクワ間八百六十五キロメートル。車輪の響きは桃色綿繻子の布団をとおして工合よく日本女をゆすぶった。坐席はひろくゆったりしている。南京虫もこれなら出そうもない。――そうだ。 革命の時代は、三等車かそれとも貨車の中・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 不精らしく歩いて行く馬の蹄の音と、小石に触れて鈍く軋る車輪の響とが、単調に聞える。 己は塔が灰色の中に灰色で画かれたようになるまで、海岸に立ち尽していた。 * * *・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・しばらくして車輪が空を飛んで、町や村が遙か下の方に見えなくなった。ツァウォツキイはそれを苦しくも思わない。胸に小刀を貫いている人には、もう物事を苦しく思うことは無いものである。 馬車が駐まった。載せられて来たものは一人ずつ降りた。押丁が・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・二頭曳ですと、車輪だって窓硝子だって音なんぞはしません。車輪にはゴムが附いていて、窓枠には羅紗が張ってあります。ですから二頭曳の馬車の中はいい心持にしんみりしていて、細かい調子が分かります。平凡な詞に、発音で特別な意味を持たせることも出来ま・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・一つの車輪が路から外れた。突然、馬は車体に引かれて突き立った。瞬間、蠅は飛び上った。と、車体と一緒に崖の下へ墜落して行く放埒な馬の腹が眼についた。そうして、人馬の悲鳴が高く一声発せられると、河原の上では、圧し重なった人と馬と板片との塊りが、・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫