・・・ひとり恥ずかしく日夜悶悶、陽のめも見得ぬ自責の痩狗あす知れぬいのちを、太陽、さんと輝く野天劇場へわざわざ引っぱり出して神を恐れぬオオルマイティ、遅疑もなし、恥もなし、おのれひとりの趣味の杖にて、わかきものの生涯の行路を指定す。かつは罰し、か・・・ 太宰治 「創生記」
・・・二人は、森のはずれに立って、云い合わせたように、遠い寺の塔に輝く最後の閃光を見詰める。 一度乾いていた涙が、また止め度もなく流れる。しかし、それはもう悲しみの涙ではなくて、永久に魂に喰い入る、淋しい淋しいあきらめの涙である。 夜が迫・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・ 自分は左右の窓一面に輝くすさまじい日の光、物干台に飜る浴衣の白さの間に、寝転んで下から見上げると、いかにも高くいかにも能く澄んだ真夏の真昼の青空の色をも、今だに忘れず記憶している…… これもやはりそういう真夏の日盛り、自分は倉・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・雨は飛散する玻璃の粉末の如く空間に漲って電光に輝く。熾烈な日光が更に其大玻璃器の破れ目に煌くかと想う白熱の電光が止まず閃いて、雷は鳴りに鳴って雨は降りに降った。そうしてからりと晴れた時、日はまだ西の山の上に休んで閉塞し困憊せる地上の総てを笑・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・手頸を纏う黄金の腕輪がきらりと輝くときランスロットの瞳はわれ知らず動いた。「さればこそ!」と女は繰り返す。「薔薇の香に酔える病を、病と許せるは我ら二人のみ。このカメロットに集まる騎士は、五本の指を五十度繰り返えすとも数えがたきに、一人として・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・其方もある夏の夕まぐれ、黄金色に輝く空気の中に、木の葉の一片が閃き落ちるのを見た時に、わしの戦ぎを感じた事があるであろう。凡そ感情の暖かい潮流が其方の心に漲って、其方が大世界の不思議をふと我物と悟った時、其方の土塊から出来ている体が顫えた時・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・これまでまことに女らしく父の命のままに行動した娘に、今回も父が期待していたことは、彼女の無事な脱出と身の平安とやがて輝くような美貌によって三度目の縁につくこと、そのことで父の利益を守ることであったろう。しかし、その麗しくまた賢い心の夫人の苦・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 日が丁度一ぱいに差して来て、七つの杯はいよいよ耀く。七条の銀の蛇が泉を繞って奔る。 銀の杯はお揃で、どれにも二字の銘がある。 それは自然の二字である。 妙な字体で書いてある。何か拠があって書いたものか。それとも独創の文字か・・・ 森鴎外 「杯」
・・・ ナポレオンは答の代りに、いきなりネーのバンドの留金がチョッキの下から、きらきらと夕映に輝く程強く彼の肩を揺すって笑い出した。 ネーにはナポレオンのこの奇怪な哄笑の心理がわからなかった。ただ彼に揺すられながら、恐るべき占から逃がれた・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・湯気のためにほの白くなった檜の色も、湯気に包まれてほのかに輝く女の体も、この情趣を画面にあふれ出させるには十分だと言っていい。次にこの画は、女の裸体を描き得たことにおいて成功である。デッサンが狂っていない。肉づきにも無理がない。ことに女の体・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫