・・・ なかなか辛辣ね。ひどい! と思いながら思わず私もニヤリとしてしまいましたが。作品によって過去の作品を克服してゆくということは、全くです。私は、評伝風なものとしては夏からかかっているのをすっかり完成させたら、漱石その他にはすぐかからず、来年・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・しかも、誰一人その機微につき入る親切も、辛辣ささえももたなかった。そのようにおさなかった。稚く、こわばって、まじめであった。 この事実は、日本における社会主義的リアリズムの理解を今日にいたるまでまったく歪めた。この理論から文学における階・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・を死ぬのではございますまいか、私はこの二つの事実が、こちらの婦人の実生活をかなり辛辣に諷刺して居ると思うのでございます。 消極の極で暮して来た、否暮させられて来た、日本婦人に対して、生きて弾む生命を持って居るこちらの婦人の価値は、種々な・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ このような考えのめぐらしかたは、或人にとって、あまり裏まで穿ちすぎた辛辣さと思えるかもしれない。けれども、決して穿ちすぎではない。今日の現実の内包している諸事情を、真に人民としての洞察と無私にたって観察すれば、こういう幾本かの筋が、く・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・ソヴェト市民の生活感情に、そういうユーモアがないならば、イリフ、ペトロフ二人のような辛辣で人間らしく、しかも新社会の感覚にみちた諷刺作家は生れなかったはずである。ソヴェトの新しい軽音楽を開拓している諷刺的な流行歌の歌手、「陽気な連中」の主役・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・ そう思うと、彼は今一段自分の狡猾さを増して、自分から明らかに堂々と以後一家で負う可き一切の煩雑さを、秋三に尽く背負わして了ったならば、その鮮かな謀叛の手腕が、いかに辛辣に秋三の胸を突き刺すであろうと思われた。 彼は初めて秋三に復讐し終・・・ 横光利一 「南北」
・・・しかし彼は最も辛辣に私の注意を刺激する。従って私の意識を占領する度数が非常に多い。彼の特質がこの刺激性にないとは言い切れまい。 彼の現在は未知数である。彼が私の注意を引くのは価値が高いゆえでなくて価値がいまだ現われないからである。彼は確・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・諧謔で相手の言い草をひっくり返すというような機鋒はなかなか鋭かったが、しかし相手の痛いところへ突き込んで行くというような、辛辣なところは少しもなかった。むしろ相手の心持ちをいたわり、痛いところを避けるような心づかいを、行き届いてする人であっ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
・・・ ショオが社会に対して浴びせかける辛辣な皮肉の裏には、彼の理想の情熱と公憤とが燃え上がっている。しかし彼の製作にはしんみりした所がまるでない。彼は愛のあふれた人間をも、道に苦しむ人間をも、描くことができない。畢竟、彼は人類の姿を描き出す・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・『明暗』においては利己主義の描写が辛辣をきわめているにかかわらず、作者は各人物を平等に憐れみいたわっている。そうして天真な心による利己主義の征服を暗示するのみならず、一歩一歩その征服の実現に近寄って行った。一〇 恋愛と正義の・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫