・・・ということを決める以外それ自身のなかにはなんら解決の手段も含んでいない事柄なのであるが、たとえ吉田は漠然とそれを感じることができても、身体も心も抜き差しのならない自分の状態であってみればなおのことその迷妄を捨て切ってしまうこともできず、その・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・が、民衆の無知を黙認し、その迷妄と妥協し、そのすべての卑屈さを寛容し、その野獣性を許すことが出来るかね? ニェクラーソフに溺れていたんじゃ何一つ出来ない。百姓は教えられなければいけない――お前が殴られないように生活することを学べってね」・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・哲学者は急に熱心になって霊魂不滅の信仰が迷妄に過ぎないこと、この迷妄を打破しなければ人間の幸福は得られないことを説いて彼を反駁する。彼は全能の造物主を恐れないのかときく。哲学者はこの世界が元子の離合集散に過ぎないこと、現世の享楽の前には何の・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・ここに迷妄と怯懦とのひそむことを忘れてはならない。一つの不幸を真に意義深く生かす所の力は、あくまでも自己自身についての微妙な、鋭敏な、厳格な認識と批評とである。事実の責任を他に嫁せずして自己に帰することである。我々は自己の運命を最もよく伸び・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫