・・・いまのあの一瞬で、私は完全に、ロマンチックから追放だ。実に、おそろしい一瞬である。見られた。ひともあろうに、ゆきさんに見られた。笠井さんは、醜怪な、奇妙な表情を浮べて、内心、動乱の火の玉を懐いたまま、ものもわからず勘定をすまし、お茶代を五円・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・いま、この友人が、こんなに乱れて主人に食ってかかっているが、今にきっと私たち二人、追放の恥辱を嘗めるようになるだろうと、私は、はらはらしていた。いつもの私なら、そんな追放の恥辱など、さらに意に介せず、この友人と共に気焔を挙げるにきまっている・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・ 近代の物質的科学は人間の感官を追放することを第一義と心得て進行して来た。それはそれで結構である。しかしあらゆる現代科学の極致を尽くした器械でも、人間はおろか動物や昆虫の感官に備えられた機構に比べては、まるで話にもならない粗末千万なもの・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ こういう皮相的科学教育が普及した結果として、あらゆる化け物どもは箱根はもちろん日本の国境から追放された。あらゆる化け物に関する貴重な「事実」をすべて迷信という言葉で抹殺する事がすなわち科学の目的であり手がらででもあるかのような・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・あまりやっかいをかけるから家族のほうから玉を追放したいという動議が出た。そうしないでこの悪癖を直す方法はないかと思って獣医に相談すると、それは去勢さえすればよいとの事であった。いくら猫でもそれは残酷な事で不愉快であったが、追放の衆議の圧迫に・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・その後鶸の雌は余り大食するというので憎まれて無慈悲なる妹のためにその籠の中の共同国から追放せられた。またその後ジャガタラ雀が死んだので、亭主になりすまして居った前のキンパラは遂にキンカ鳥の雌に款を通じようとするので、後のキンパラと絶えず争い・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・さて、お前は天からの追放の書き付けを持って来たろうな。早く出せ。」 二人は顔を見合せました。チュンセ童子が「僕らはそんなもの持たない。」と申しました。 すると鯨が怒って水を一つぐうっと口から吐きました。ひとではみんな顔色を変えて・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・人民の社会生活が戦争犯罪的権力によって破壊された今日、それを癒す道は犯罪的な権力を根本的に人民の生活機構から追放して、健全な精神と能力の人民が自分ら人民のために社会を運営してゆく方法しかない。これは動かせない事実である。それにもかかわらず、・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・大学の自由は失われ、学内の統一を乱すという口実で、若い進歩的な哲学者たちは大学から追放されはじめた。政府御用の神学者シェリング等が筆頭となって、考え研究する能力ある人々を追いはらった。カールはこの状況のもとで大学教授を思いすてた。文筆人とし・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ところが、僅か二年ばかりで一時的なその寛大な方法は急に反対の方向に働き出し、一八四九年からケーニヒスベルクの町だけでも何百回となく集会が禁止され、教会や学校が閉鎖され、国外へ追放される人たちが生じた。 自由宗教の牧師であったユリウス・ル・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
出典:青空文庫