・・・ M子さんは襖をあけたまま、僕の部屋の縁先に佇みました。「この部屋はお暑うございますわね。」 逆光線になったM子さんの姿は耳だけ真紅に透いて見えます。僕は何か義務に近いものを感じ、M子さんの隣に立つことにしました。「あなたの・・・ 芥川竜之介 「手紙」
・・・そして、ちょうど太陽の光の反射のなかへ漕ぎ入った船を見たとき、「あの逆光線の船は完全に影絵じゃありませんか」 と突然私に反問しました。K君の心では、その船の実体が、逆に影絵のように見えるのが、影が実体に見えることの逆説的な証明になる・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・衣桁の形や椅子の脚が、逆光線で薄やみの中に黒く見える。つめたいさむさ。土の冷えが来るような 庭のしめり。○西日のよくあたる梢の上かわだけ紅葉しているもみじ。○すっかり黄色い七分どおり落ちた梧桐、○銀杏の葉のふきだまりが土蔵の横に・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・妹は背後からさす鈍い逆光線の中にコートを着た胸から上を見せて立って、いくらか寒そうな白い顔に持ち前の安らかそうな微笑をたたえながら、わざわざ、「でもね、決して心配なさらないようにね。お父様御自分だって却ってよかったって云っていらっしゃる・・・ 宮本百合子 「わが父」
出典:青空文庫